なぜ、日本人に武士道は伝わらないのか 第5回

2020/10/21

P09 school bushido_745_2世界中で注目されている
日本人特有の性格や行動の数々。

それらの由来は武士道精神にあった。

しかし、 武士道精神が何たるかが驚くほど
浸透していないのが日本の現状である。

筆者が外国生活を通して感じた
日本人の違和感を新渡戸稲造先生の 「武士道」 や
時事ニュースや関連文献をもとに紐解いていく。

 

 

 第5回 恥知らずの日本人 

 

 名声は人の体面であり、「自分に備わった不滅のものであり、これがなかったならば、人は馬やけものと同じである」とされた。したがって、名声を侵されることは、最も恥とされた (講談社「武士道」第8章名誉)

 

 恥の感覚は人によって大きく異なる。そして、この感覚の違いが家族や友人、上司や同僚、時には夫婦間にですら会話の嚙み合わせの悪さを生じさせる原因となるのである

 

恥知らずかロマンチストか

 私は香港人妻との間に恥に対する大きな感覚の違いがある。妻は私の行動を見てはよくShamefulだと表現する、つまり私は破廉恥(はれんち:恥を恥とも思わず平気でいる)だというのだ。例えば、レストランで店員を呼ぶときの声が大きすぎるとか、信号のない道を横断するときのジェスチャーが交通安全の人みたいだとか事あるごとに恥知らずだと批判してくるのである。また、妻は外出時に夫婦で手を繋ぐのは当たり前で、外で分かれる際にはハグをしてキスをするというのも常識だと思っている人なので、逆に公衆の面前でのそのような行為を恥じて乗り気でない私を見るたびに「あんたはRomanticじゃない」とこれまた非難してくるのである

 

日本人にとっての恥とは

 かつて武士の卵の子供たちにとっての目標といえば富や知識ではなく名誉であったと新渡戸稲造は述べている。よって「恥ずかしくないのか!」という言葉は当時の子どもたちのハートの最も敏感な部分を刺激し、最後の戒めとして多くの背筋をピシッと正した。武士は不名誉、恥をかくことを何よりも恐れていたのである。

 私が思うに、武士にとっての恥とは大きく2つあり、それらは潔さと忍耐に関わっている。つまり潔くないこと、忍耐がないことはかれらにとっての恥であり、切腹が名誉と称えられたのもその行為がその人間の潔さを示す最も明快な手段であったからであろう。

 江戸時代に書かれた武士の指南書『葉隠』にも「生死の選択が迫られたなら、素早く死を選択するべきである」という意の言葉が記載されていることからも、潔さは武士たる所以の大事な要素であったと考えられる。

 しかし、武士道も葉隠も武士が死をもって潔さを証明できることを認めている一方で、両者とも決して「死」をおススメはしてはいない。新渡戸稲造は切腹の乱用により武士が死に急いだこと、命の価値を下げたことを否定的に捉え、山本常朝(葉隠著者)も下手に生き延びて非難を浴びながら一生を過ごすくらいなら死んだ方がマシだろうという意味で「死を選択するべき」と述べているにすぎない。実際に、常朝は42歳のときに自害しようとしたところ主君に止められその後61歳まで生き、その20年の人生で武士としての悟りを開いたのだから生き長らえることの価値を誰よりも痛感していたに違いない。

 また「生が死よりも恐ろしい場合にあえて生きることこそ真の勇気である」というイギリス人医師の言葉を引用している武士道に、新渡戸稲造が考える日本人の持つべき潔さと忍耐の概念が集約されているように見える

 

恥を感じなくなった日本人

 時代は変わり、私のような一般市民にとっての目標は1円にもならない名誉よりも欲しい物を手に入れるための日銭を稼ぐこと、良い会社に入るために良い大学へ行くための知識を増やすことに偏っているように感じる。残念ながらこのようなマテリアリズムな人間に「恥ずかしくないのか!」という言葉は通用せず、このことが他人との会話の難しさを生み、ニュースで見るような不祥事や不貞な行為の数々を加速させている。名誉を重んじない人間に恥は存在しないので、かれらを更生することは極めて難しいのが現実である。

 人間が恥を身につけるための唯一の方法は幼児、少年教育において子どもたちに恥とは何たるかという廉恥心を植え付けるしかない。結果的に、私の妻のように徹底的に廉恥心を教育された人間は一挙手一投足に恥の基準があるので自然体で規則正しい振舞と生活を送ることができるようになる。

 とはいえ、冒頭で紹介した私のハキハキとした行動も武士の潔さに通ずるものがあり、破廉恥ではないだろうというのが私の言い分である。それに、葉隠では「恋の究極の姿は忍ぶ恋である。一生忍耐して思い死にすることが恋の本質であろう」と述べられているように、恋にさえ忍耐を持ち込むことこそが日本人の誇るべき愛の表現であり、真のロマンチストであると私は信じてやまない。

 


profile筆者プロフィール

宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。
香港の会社、人事、芸能、恋愛事情にうるさい。

 

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