5月の香港公開映画「家路」久保田直監督インタビュー

2014/05/26

映画「家路」の久保田直監督にインタビュー

ドキュメンタリーを中心とした映像作品の制作を手がける久保田直監督の最新作は、東日本大震災後の福島を舞台にした映画「家路」。
今年2月、第64回のベルリン国際映画祭で上映され、5月29日には香港でも公開される。
今も解決されていない福島原発問題をテーマに、家族の再生の物語を映画化した思いとは…。
先日開催された香港映画フェスタ(HKIFF)での同作の上映に伴い来港された監督に、直接お話を伺った。

久保田直監督■「家路」は家族の物語ですが、ご自身にとって家族はどんな存在ですか?
それがずっと分からない。だから、ドキュメンタリー作品のときからそれをテーマにいろいろな国の様々な状況の家族を撮っている。家族だからこそ甘えてしまったり、ケンカしたり、でもいざという時に頼れるのは家族だったり…。今だに家族って分からない、というか難しいと感じている。

■では、ご自身にとって家とは何ですか?
家は帰るところとして絶対に必要だと思うけれど、僕の場合はそこに根を張るのはどちらかというと苦手。結果として、そこへ至るのはいいが「ここで一生、生きていく」と自分の中で思った瞬間からしんどくなると思う。家を持つのはいいことだし、ものすごく憧れるけれど、それによって世界がキューッと小さくなるような気もする。なんか不思議な存在だよね。
■地震など天災にあった経験はお持ちですか?
直接あったことはないが、なぜか行く予定だったところや行った翌日などに起きることはけっこうある。メキシコに行く予定だった前日に大地震が起きて飛行機が欠航になったり、ロスへ行く予定も大地震で延期に。5年ぶりに実家の神戸に帰ったとき、泊まっていけと言われたけど翌日に仕事があるからと新幹線に乗って帰ったら翌朝、阪神淡路大震災が起きた。東日本大震災のときはたまたま仕事で大阪にいて無事だったが、新幹線が止まって帰れなくなった。
■震災後の福島の原発事故についてはどう思われますか?
震災と原発事故は全く別問題と思っている。震災は天災。被害を受けた方は全員被害者でしかないが、原発に関しては我々も福島の人もどこかで被害者であり加害者。つまり全員が当事者である問題だと思っている。
どこかで人間がパンドラの箱を開けてしまった。自分も含めて人間は愚か。愚かな人間が愚かなことをしてしまった場合は、人間が知恵を出して歩んでいかなければならないと思う。
■映画を拝見しました。松山ケンイチさんが演じる主人公は、少し変わった考えの持ち主ですが、監督のそうした思いも反映されているのでしょうか?
脚本家とのキャッチボールの中で、生まれてきたキャラクターではあるが、主人公は人とは違う目線で物事を考えられる人として設定した。
■俳優陣はみなさん演技派ですが、一緒に仕事をされていかがでしたか?
それぞれが違う個性で演技に対して違うアプローチの仕方をしていたのが面白かった。(田中)裕子さんからはこちらが教わることが多かった。ケンイチに関しては、どこか解放された性格の持ち主という役の設定でいこうと決めてからは、彼自身もぶれることはなかった。
内野(聖陽)は演じるとき悩むタイプ。とにかくいろんなことを聞いてくるので、「このときはこういう気持ちになってるんじゃないの?」とアドバイスした。彼はもともと舞台の人で、TVドラマの主役などをやっているが映画の経験は浅いので芝居がどうしても大げさになる。それを抑えるという演技指導はかなりやった。それに対して彼は何の文句も言わずやり直しを何度もしてくれた。人間ができていると思う。

家路シーン1■個人的には田中裕子さんが演じる登美子の役柄が特に気になりました。仮設住宅で自分の家を探せなかったシーンや鍵が開けられないシーンは、脚本家と話して、あるいは現地の人の話を聞いて作ったのでしょうか?
脚本家とシナリオを作るときに、仮設住宅を見下ろせる場所に行ってすごい数だなと思った。次にその仮設住宅の中を歩いてみたが、それだけの人が住んでいるのに誰も外に出てこない、昼も夜も。それが不思議だった。息を潜めて中にいるような感じがした。2人のイマジネーションとして「これでは自分の家がわからなくなるんじゃないのか」と話したことが、自分の家を探せないシーンにつながった。カギが開けられないシーンは、田舎は鍵なんかかけないから、鍵のある生活となって、ボケて混乱していく様子を撮りたくて脚本家と考えた。
■ドキュメンタリーと映画で表現の仕方に違いはありますか?
両者で違うのは機動力。ドキュメンタリーは4~5人で動いているので撮りたいときに撮れるが、映画の場合はスタッフがその10倍はいるので、すごく時間がかかる。ただ50人分の知恵があるので、そこに映画の醍醐味があると思う。
■逆に変わらないところは?
物を作るときに大事にしており、また、面白いと思っていることは、予定通りに進まないところ。結果的にもその方が面白いモノに仕上がる。ドキュメンタリーも勿論そうだし、映画は脚本家とのキャッチボールで進めていくので、自分の思いつきに対して、脚本家が練って仕上げてきたシナリオに「こうきたか」と思うことも。今度は役者たちにそのシナリオをどう表現するかを自由にやってもらう。その表現に対しても「こうきたか」と新たな発見がある。また、撮っていくうちに、あるいは、現地で見聞きする中で、自分の考え方が変わって、それをシナリオに反映させることも何度もあった。
■企画協力の是枝監督が映画を撮る現場をご覧になったことはありますか?
是枝が映画を撮る現場は見たことはない。彼も現場を見にくるといいながらこなかった。お互いに、相手の映画に対して、この場面が良かったとかは言うけれど、芸術論を語り合うことはない。彼のやり方がどうなのか全く気にならないというと嘘になるが、あんまり関係ない。是枝の撮り方がうまいとは思うが、どうやったからできたのかは気にしていない。
それはほかの監督もそう。だれの現場も見たことがないし、助監督もやったことがないので、30年間ドキュメンタリーの自分の現場しか知らない。結局、自分に何ができて、何を面白いと捉えるかだと思う。
■今回の映画を通して一番伝えたいことは何ですか?
映画には撮れるものと撮れないものがあり、今、撮れるものを映画化した。でも、この映画では何も答えは出していない。そのことに映画を作っているときは気づいていなかったが、いろいろな取材を通して気づいた。見た人がどう感じて何を思うか、どこに共感するのか、解釈の仕方は見た人にゆだねたい。ただ今思い始めているのは、人は生きることを考えたとき、誰とどこでどうやって生きていくのが、自分にとって一番価値があり幸せなのかということを考えなければいけない、ある意味、悲しい時代になってしまったということ。でもそれを考えることでとても濃密な人生を歩めると思う。僕もそういったことを考えながら濃く生きていきたい。

<久保田 直 プロフィール>
1960年神奈川県生まれ。大学卒業後、1982年からドキュメンタリーを中心としてNHK、民放各社の番組制作に携わる。2007年MIPDOCでTRAIBLAZER賞を受賞し、世界の8人のドキュメンタリストに選出される。2011年に文化庁芸術祭参加作品「終戦特番 青い目の少年兵」(NHKBSプレミアム)を演出。本作が劇映画デビュー作。(「家路」公式サイトより抜粋)

家路

「家路」
5月29日香港上映
出演:松山ケンイチ、田中裕子、安藤サクラ
内野聖陽
監督:久保田直
脚本:青木研次
企画協力:是枝裕和、諏訪敦

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