「美しい夫、美しくない夫」コラム:2分で読める武士道

2023/11/01

2分で読める武士道
世界中で注目されている日本人特有の性格や行動の数々。
それらの由来は武士道精神にあった。
しかし、肝心の日本人にその武士道精神が浸透していないのが日本の現状である。

筆者が外国生活を通して感じた日本人の違和感を「武士道」や「葉隠」などの武士道関連文献をもとに紐解いていく。

 

 

 

 

 第36回 美しい夫、美しくない夫 

Love is beautiful(愛は美しい)

先日、妻が人生の辛酸について語りながら、ふとこの一言を発した。
「愛」とは日本人にはなかなか小恥ずかしい言葉である、と思うのは私だけではないだろう。他の日本人夫婦が普段どのくらいの頻度で「愛しているよ」とお互いに口にするのかは分からないが、私自身は人生の中でほぼほぼこの言葉を発したことはないように思う。
しかし、海外、ここ香港でもI love youというのは当然の愛情表現の一つとして使われていて、妻が娘や我が家の猫に対しても言っているのをよく耳にする。
ただ「愛は美しい」という考え方はどうだろう。もちろん、愛という言葉自体は綺麗で清らかな印象を持った言葉なのは間違いない。しかし愛とは美しいものという意見に「はい、そうですね」と賛同してしまうのは、基本的に美しさを表現することが苦手な夫からすると危険な賭けである。なぜなら、夫の発言や行動が美しくなければ、それはすなわち愛がないということになり、愛がないということは「あなたは私を愛していないのね」という話題に強引にもっていかれる可能性があるからだ。妻に愛の有無を問われると夫は苦しい。苦しいというのは愛の証明とはそう簡単にできるものではないからである。そこで今日は、Love is beautiful論について少し真剣に考察してみた。

花は散るからこそ美しい

「愛は美しいもの」賛成派の妻と懐疑派の夫の間での議論を想定したとき、まず最初に夫側が主張するべきことは「美しい=完璧ではない」ということである。
例として娘が道端で拾ってきたタンポポの花と夫がAEONで買ってきた作り物の薔薇のどちらが美しいかということを考えてみる。
見た目だけで言えば、当然作り物の薔薇は色、形、香りともに完璧だ。しかもこの薔薇は一生枯れる心配がない。半永久的にその美しい見た目を維持することができる。25780278_l  しかし、見た目の完璧さを半永久的に保てる一方で、それは自然の道理に欠けるとも言える。そして、永遠の美という矛盾や不自然さはやがてそのものの存在の疑いへと変化していく。
花びらが欠けている、虫に食われている、土がついている、そういった自然に形成された一見美を妨げるような要素が随所に見られる点に、逆に道端のタンポポの美しさが垣間見えるのだ。
実際に妻が前述の2つの花を目にした時、美しいと感動するのはやはり道端のタンポポの花だろう。
それは自然体な見た目だけが理由ではなく、道端のタンポポには娘がわざわざ拾ってきたというストーリーが秘められている。物事の背景に隠されているストーリーはとても重要で、その内容によって人々は大いに感動したり、時には失望したりするのである。ママにあげて喜ばせたい、道行く車からタンポポを守りたいという純粋な気持ちに、見る者たちは自ずと感動を覚えるのだ。
最後に道端のタンポポと作り物の薔薇の決定的な差について述べる。それは命だ。限りある命はそのものの美しさを最大限に引き出してくれる。武士の時代から桜の散り際の美しさについては様々な書物の中でも語られてきたように、終わりがあるからこそ全盛期がより一層愛おしく美しく見えるということだ。「不老不死」というのはまさに作り物の薔薇と同じ状況で一時的な美しさはあるものの、その美しさは決して大衆の心には残らない。

夫が放つ「ふぞろいな美しさ」

以上のことから、「美しさとは自然に形成されたもので、見た目の完璧さはないが、その背景にはストーリーがあり、かつやがて終わりがやってくるもの」ということが説明できる。
つまり、私たちは物事の自然体の姿や限りある命に美しさを感じるのであって、美しい愛も自然体でなければならないというのが私の結論である。
しかし、世の中の妻の多くはものの見た目にいまだ完璧を求める傾向がある。夫の使った後のトイレが臭い、枕は加齢臭がする、気が利かない、そして愛がない…そうやって妻はしばしば目に見えるものだけを評価の対象とする。
夫から言わせてみれば、トイレなのだから臭うのは自然だし、男なのだから加齢臭や多少鈍感なのはそれも自然ではないか。いつも良い匂いがして、毎日「アイラブユー」と言ってくれて、何にでもやたら気が利く完璧な夫がいたら、それはそれで不自然だろう。仮にそういう夫がいたとして、そういう夫に限ってゴキブリ一匹も殺せないのである。ちなみに私は手づかみで一発だ。
不器用なりに気を使っているところ、一応トイレ後にスプレーをちゃんと使っているところ、自分の足りない部分を認識しながら何とか改善しよう(誤魔化そう)と努力する夫の姿にも道端のタンポポのような「ふぞろいな美しさ」なるものを妻には評価してほしいものである。


筆者プロフィール
宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。
香港の会社、人事、芸能、恋愛事情にうるさい。

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