花様方言 黒崎娘娘(オネエ)

2013/12/30

花様方言

 

黒崎娘娘(オネエ)ドラマ「半沢直樹」で、歌舞伎役者片岡愛之助さん演じる半沢の天敵、金融庁の黒崎検査官が大ブレイク。旧来の言い方でいわゆる「オカマ」、今風に言うと「オネエキャラ」の、たいへん個性的な悪役です。台湾でも話題沸騰で、人呼んで「黒崎娘娘」。台湾では女っぽい男性が俗に「娘娘」といわれますが、本来「娘娘」は時代劇で聞く皇后の呼称であり、道教の女性の神様もまたこう呼ばれます。この「娘」はムスメではなく「母」の意。しかしこれは最高の呼称ですね、「黒崎娘娘」。金融庁の「お上」ですから。それに、道教の神々の世界とは人間社会の役人の制度を模したもの。おエラい公務員のオネエが「娘娘」でなくして何でありましょう。

「どいてちょうだい!」「縮こまってるんじゃないわよ!」「よろしくね~」。黒崎検査官が話すのはいわゆる「オネエ言葉」。オネエ(男性です)が使う、誇張された女性言葉です。近代の女性言葉とは要は明治の東京の山手言葉で、戦後は次第に失われましたが小説の中などに「文芸用語」として残りました。「~わ」は最近さすがに減少傾向、でも、村上春樹の2013年の長編「多崎つくる」(長い題なので省略)にも全編370ページの中に10回ほど出てきます(村上春樹は「かしら」が多すぎじゃないかしら)。翻訳、吹き替え、字幕の世界では「わ」はまだまだ現役。「ハリー・ポッター」のハーマイオニーしかり、NHKで放送しているアメリカの人気ミュージカルドラマ「glee」のヒロイン、レイチェルも曰く、「そのとおりだわ」。

映画やドラマ、アニメ、漫画、小説などの登場人物はその役柄や性格などに合わせて、現実の日本語とは異なった、特徴ある話し方をします。この方面の研究で異彩を放っている日本の言語学者、金水敏教授はこういった架空の言葉づかいを「役割語」と名付けています。女性言葉のほか、博士や老人の「~なのじゃ」や侍の「~ござる」など日本語はこの手の言葉がたいへん発達していて、フィクションの世界の中で文字通り大きな役割をはたしているのです。「ござる」を「ごじゃる」に変えればハクション大魔王、「ざます」は有閑マダムでスネ夫のママ、「ざんす」と言えば「おそ松くん」のイヤミ。嫌味な味が出るザンス。

香港のドラマや映画に多い役割語は主に方言キャラ。潮州語、客家語、台山語、順徳語、新界方言「圍頭話」などの特徴を不自然に誇張して広東語に混ぜて話します。潮州人でないのにひたすら潮州語キャラを演じ続けた「五福星」の「モジャ」(鬈毛)ことジョン・シャム、「我愛扭紋柴」(恋のトラブルメーカー)でのチョウ・ユンファの圍頭話、などが今も語り継がれる名物キャラ。香港産アニメ「マクダル」シリーズの校長「黎根」は、やはり潮州人でないアンソニー・ウォン(黃秋生)の声による有名な潮州キャラ。日本人を表す役割語というのもあって、広東語のセリフの末尾に「カー(ガー)」や「ネ」を付けます。「香港のスピルバーグ」ことツイ・ハークが「我愛夜來香」で自ら演じた「廣島太郎」は究極の日本人キャラ(…知らないだろうなあ、この映画は)。日本のドラマやアニメの関西弁は普通、香港の吹き替えでは無視されますが、「とっとこハム太郎」の関西弁キャラ「まいどくん」は潮州語訛り(のつもりのエセ方言ミックス)で吹き替えられています(英語版ではアメリカ南部訛り)。あんな方言あれへんで。「スター・ウォーズ」シリーズの宇宙人たちの言葉には様々な言語が使われました。南米のケチュア語もどき、南アフリカのズールー語もどき、タンザニアのハヤ語、フィリピンのタガログ語、フィンランド語、カリブ英語、サンスクリット…。鼻のない宇宙人ヌート・ガンレイのタイ語訛りは人種差別騒動を引き起こしています(ドイツ語吹き替え版ではフランス語訛り、イタリア語版ではロシア語訛り)。ジャマイカなどカリブ英語圏の日常語は一人称主格(「私は」)が「アイ」ではなく「ミー」になるのが特徴。シェー、それじゃイヤミはおフランスではなくカリビアン?!香港の映画・テレビドラマにもオネエキャラ(乸型、娘娘腔)は登場します。チョウ・ユンファも「八星報喜」(僕たちは天使じゃない)で黒崎娘娘に負けない強烈なオネエの次男坊を熱演してますし、最近ではTVBの「巴不得媽媽…」で古明華が「蘇基」というオネエを演じて2012年最佳男配角(最優秀助演男優賞)。蘇基の「基」は広東語で「ゲイ」のこと。しかし…、これはオネエとゲイの混同をまねく恐れのある実例ですね。ゲイの多くは男性的であり(蘇基にヒゲはありますが)、オネエのような話し方はしないそうなので。オネエとゲイは別なのです、「八星報喜」の次男坊にも「半沢直樹」の黒崎検査官にも、女性の婚約者がいるではありませんか。役割語はサブカルチャーを支える重要なアイテムとなっていますが、ステレオタイプであり、ときに人々の反感を買うことがあります。気をつけてちょうだいね~。

大沢さとし(香港・欧州・日本を行ったり来たり)

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