花様方言 「寿司→シースー」など業界用語の流行

2016/01/18

電車1『ケロロ軍曹』は日本人の誰もが知っているというわけではありませんが、香港ではここ10年で最も人気があったアニメであり、現在もまだ漫画の連載が続いています。グロテスクな巨人が進撃する漫画とアニメも香港で大いに話題となりましたが、しかし、到底、かつてのケロロ軍曹の人気には及ばないのであります。『軍曹』はガンダム世代の人たちが作ってるのかな、と思わせるような、だいたいあの時代のネタのパロディーが多かったのですが、それは香港の人たちが最も日本のサブカルチャーに熱中していた時期と重なるため、香港でも大いに受けたのです。
大人も楽しめる、という評価の妖怪ウォッチ、こちらのパロディーの元ネタは、古いですね、『3年B組金八先生』『太陽にほえろ!』『ザ・ベストテン』『まんが日本昔ばなし』『金曜スペシャル』『大脱走』…。『軍曹』より、もうひとまわり前の年代、これでは確かに、日本のオヤジ~ジジイ層には受けるでしょうが香港の人たちがついていくにはちょっと難しいかなと思います。『ちびまる子ちゃん』の世界も古かったですが、あの頃はまだせいぜい20年前のことだったのです、今からすればもう40年も昔ということになりますけど。
妖怪ウォッチの「ゲラゲラポー」の由来は「ゲバゲバ・ピー」である、と判明したのがアニメ放送開始から1年半たった去年の7月。子供たちの親の世代も知らない、45年前のギャグです。ゲラゲラポーシリーズの締めくくりとなる『バイバイゲラゲラポー』がお披露目になったとき、歌詞の中にゲバゲバ・ピーへのオマージュと取れる個所があるのが知られて、それでついに語源が発覚するに至ったのですが、どうやらこれを取材して記事を書いた芸能記者自身もゲバゲバ・ピーは知らなかった模様。スタジオジブリの超高齢化には及ばないものの妖怪ウォッチのスタッフにも年寄り(失礼!)はけっこういますね。今や年寄りの音楽とさえいわれているロック(往年のロックミュージシャンが現在、アニメの歌を担当)、そして20年前は若造ばかりだったラッパーも今や40代、しかし年を取った分、歌詞にはいい味が出てきています。妖怪ウォッチの劇場版でも流れる『クワガタとカブトムシ』は子供の頃の夏休みの思い出を歌った歌、年寄りが聞いたら涙が出ます。「あの夏に失くしたむぎわら帽子…」(『人間の証明』1977年の映画)などということをラップで言われると心臓がドキッと高鳴ります。
ズージャ語、という言葉をご存知でしょうか。ズージャー語ともいいます。「ジャズ」をひっくり返したのが「ズージャ」、タクシー→シータク、寿司→シースー、飯→シーメ、のように、かつて芸能業界でさかんに使われていた、一種の隠語です。テレビ放送始まった頃、テレビ局にはジャズバンド経験者など音楽関係の人たちが大量に入ってきて、それまでジャズ界で使われていた「C調」(調子いい、という意味。「調」と「シー」の転倒)などの倒語がテレビ局に持ち込まれ、芸能界に広まったのです。このズージャ語が、妖怪ウォッチに出てきたのです。芸能界入りした妖怪ツチノコパンダが、「業界人」になったとたんに態度がでかくなってズージャ語を話し出す、というくだり。今ではほとんど使われなくなったといわれるズージャ語、ちなみにわたくしが最後に生のズージャ語を聞いたのはかれこれ10年前、ワイハー(ハワイ)という言葉です。妖怪ウォッチでは年寄りから子供の世代へと、古く懐かしい日本のサブカルチャーが受け継がれていきます。
日本の放送の歴史において、話し言葉の規範作りは長らくNHKの特権であり、公共の電波で流される日本語は完全にNHKの独占だったのですが、戦後しばらくして誕生した民放によって、それが崩れます。「シェー!」「がちょーん」「オー、モーレツ」「ゲバゲバ・ピー」など民放が垂れ流し始めたわけのわからない言葉や「ら抜き言葉」など「規範文法」にそぐわない「生きた言葉」の氾濫に保守層が嫌悪感をあらわにします。この「日本語の乱れ」論争は金田一春彦博士の生前の持論「ら抜き言葉はなくならない」「日本語は乱れていない」等の説に沿ったような方向で最近ようやく収束を迎えた感がありますが、往年、ズージャ語を話していた放送作家たちには、自分たちの仕事は「言葉を乱す」ことだという自覚(?)があったのも事実。こう話さなければならない、という、言葉を押しつけられる時代から、いろいろな言い方をしたい、という新しい時代への移行期だったのだといえましょう。
「ネタ」も「種」の倒語であり、「しだらない」→「だらしない」などと同じく江戸時代からある伝統的な倒語です(「しだら」は「ふしだら」として今も使っています)。「新(あたら)しい」は「新(あら)たし」の倒語で、こちらは平安時代から早くもひっくり返っています。タイムスリップしたギョーカイ人が当時の世の中で流行らせてきたのでしょうか。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

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