中国法律事情「不安の抗弁権 その1」高橋孝治

2016/03/21

中国の法律を解り易く解説。法律を知れば見えて来るこの国のコト。

モノを売るときには、お金の支払いがなければモノの引渡しはしたくないものです。モノを引渡した後、代金を支払わずに買主が逃げてしまうかもしれないからです。そこでモノの引渡しと代金の支払の期日が異なると契約に定めた場合を除き、相手が支払いをしない限リモノの引渡しを拒むことができるという制度が認められています(逆にモノの引渡しがない限り支払いを拒むこともできます)。これを同時履行の抗弁権といい、日中双方で認められています(日本の民法第533、中国の合同法第65条。「合同」は日本語で「契約」の意味です)。
さらに中国ではこの同時履行の抗弁権を発展させた「不安の抗弁権」という権利が認められています(合同法第68条)。これは契約上先に義務(モノの引渡しやお金の支払など)を履行しなければならない契約当事者が相手方に対して不安があることを証明した場合、当該義務の履行を拒むことができるというものです。その「不安」とは、(1)経営状況が著しく悪化した場合、(2)財産を隠しそれによって債務から逃れた場合、(3)商業上の信用を著しく喪失した場合、(4)その他債務を履行する能力を喪失、またはその恐れのある事由が存する場合の4つを指します。
確かにこのように相手の経済状態に著しい不安を感じる場合、こちら側としては義務を履行したくはないものです。さらに中国の不安の抗弁権にはまだ続きがあります。合同法第69条後段では不安の抗弁権を行使した後、相手が合理的期間内に履行能力を回復せず、かつ適当な担保も提供しない場合には、不安の抗弁権を行使した者は契約を解除できるとしています。
日本以外の国では不安の抗弁権を認める国がありますが(日本でもいくつかの判例では認めている)、ここまで要件と効果は広くありません。例えばドイツやフランスでは不安の抗弁権の要件は相手方の明白な財産の減少です。中国では商業上の信頼の低下までも要件に加え、さらには契約解除までできるとなっています。これは世界にも類を見ない先履行者への特権と見られています。なぜこんな制度が中国にはあるのか。次回理論から見ていきましょう。(続く)

高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 博士課程で中国法研究をしつつ、執筆や講演も行っている。
行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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