花樣方言 すごいぞアクセント

2016/05/11

花樣方言関西弁はアクセントが東京と逆になる、と、よく言われます。実際のところはどうなのでしょう。
「橋」は東京式アクセントでは2拍目の「し」が高くて○●(低高)となりますが、京阪式アクセントでは1拍目の「は」が高く、●○(高低)。一方、「箸」は東京では●○、関西では○●。「橋」と同じアクセントグループに属する、歌、紙、夏、川、石…などは東京では皆○●で京阪では●○、「箸」と同じグループの、糸、海、空、船、板…などは東京で●○、京阪で○●。これら2拍の名詞は確かに真逆になっています。この点を、もう少し詳しく観察してみましょう。以下のことは、日本語を専門的に研究したことがあれば外国人でも知っていることですが、日本語を専門的に研究したことがなければ日本人でも知らないことです。
東京式では橋と同じく端(はし)も○●ですが、「が」とか「を」のような助詞を付けてみると、「橋が」は「が」低く○●-○、「端が」は「が」が高く○●-●。端と同じグループは「水が」「風が」「国が」「酒が」など皆○●-●となり、ここに明確な区別があることがわかります。アクセントは、次に続く助詞類や複合語にまでも影響するのです。京阪では、端、水、風…の類は●●なので、助詞を付けてみるまでもなく、橋、歌、紙…の類の●○と区別できます。東京式では2拍の語は全てこれら3種の型に分類されるのですが、京阪式にはもう1種、東京式にはない区分があります。箸、糸、海…の類と、雨、声、春、窓…などの類。この2種は東京ではいずれも●○、しかし京阪では前者が○●で、後者は○▼。▼は1拍の中に「高→低」という急降下のある特殊なアクセントで、あたかも中国語の高下り型の声調を日本語の1拍分の枠の中に無理やり押し込んだような感じ。いかにも関西弁というこの発音の雰囲気を出すため、よく「雨ぇ」などと書かれたりしますが、これもまた助詞を付けてみると違いがいっそうはっきりします。「箸」○●→「箸が」○○-●。高い拍が後ろにずれています。一方の「雨」の類は、「雨」○▼→「雨が」○●-○。動きません(これがアクセントの「核」です)。この「箸」類と「雨」類の区別は若い世代では徐々に失われつつありますが、年上の世代の発音を思い起こしてみればまだまだ簡単に区別がつくはずです。
京阪のこの4種の型は平安時代末期からほとんど変わっていないことがわかっています。東京式では、「雨」類が「箸」類に合流し、そして、高い拍で始まる語の頭に低い拍が1拍付け加えられて、高い拍の位置が1拍ずつ後ろにずれたような形になっています。「橋が」●○-○は○●-○、「端が」●●-●は○●-●。また、「箸が」○○-●のように低い拍の連続で始まる場合には、語頭が隆起しています。●○-○。東京式アクセントは、京言葉に接した当時の人たちが自分たちの話しやすいようにアクセントを変形させて受け入れたために生じたと考えられます。一般的に、言語のこのような変形には実に規則性があって、とても法則的な対応関係になるのです。これを極めて俗な言い方で表現するならば、こうなります。東京の言葉は京都の言葉がなまったものである。
京言葉の2拍名詞には、平安時代、更にもうひとつの型があったことがわかっています。花、山、足、月…などの○○という型で、これは京都で語頭隆起を起こして室町時代に●○となり、「橋」類●○との区別を失っています。関東などにはもっぱら存在しないこの「花」型と「橋」型の区別、これが東北の大部分と九州の南西部や大分などには伝わっていて、今も残っています。つまり青森や秋田や岩手には、京都で2拍語にまだ5種類の型があった頃、すなわち平安末期~鎌倉時代にはすでに京言葉が伝わっていたということになり(これは東北の歴史を考えてみてもわかることです)、室町型の京言葉を祖形とする東京式よりも古い、平安型の京言葉を直接の祖先とするのが東北アクセントなのです。東北の言葉は東京の言葉がなまったものではありません。
鹿児島弁のアクセントは2つの型だけに集約されていますが、いにしえの京言葉の「花」類と「橋」類の区別は、東北同様、しっかり保たれています。平安期の京言葉でアクセントが高く始まっていた「端、水…」「橋、夏…」の2種は●○、低く始まっていた「花、山…」「箸、海…」「雨、春…」の3種は○●であり、結果的に鹿児島弁は、東京式と比べた場合「花、山」類だけが同じでほかは逆、ということになるのです。鹿児島弁では、「春」○●→「春が」○○-●、「夏」●○→「夏が」○●-○、のようにアクセントが動きます。複合語でも、「春休み」は○○○○●、「夏休み」は○○○●○。この法則、わかりますか? ○●型は、とにかく「いちばん後ろ」に、●○型は、「後ろから2番目」に、アクセントが来るのです。だから「春子」は○○●、「春子さん」なら○○○●、「夏子」は○●○、「夏子さん」は○○●○(鹿児島弁では「ん」は1拍分になりません。「さん」で1拍です)。ただ語尾に「ごわす」だけ付けておけばいいというものではないのです。

大沢さとし

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