花樣方言 もっとすごいぞアクセント

2016/05/25

わさび「マクド」(○●○)と、いくら言ってみても関西人に「違う」と言われる。こういう苦情(?)が間々寄せられます。
東京と関西の発音で違っているのはアクセントだけではありません。まず、「ウ」の音色が決定的に違っています。マクド[makudo]の[u]。これは東京人が外国語を習う際に大いに苦労する点であり、関西弁だけでなく、フランス語「bonjour」、広東語「壺」「湖」、北京語「屋」「五」など、外国語を話す時はとにかく[u]の音に注意。東京の言葉に本物の[u]はない、ぐらいに強く肝に銘じておいたほうがいいです。そして、母音の無声化。特に1拍目ですが、全体的に東京の言葉の母音は弱いです。この二つの特徴が、関西人に「違う」と感じさせます。
『妖怪ウォッチ』に出てくる「ツチノコ」が香港の広東語版では「支樂哥」と、「ツ」が落ちて「チノコ」になっている、ということを以前書きましたが、香港人に聞き取れない無声化した語頭の「ツ」がなぜ日本人には(特に東京人には)聞き取れるのでしょう。それは、アクセントが大いに関係しているとみていいです。「ツチノコ」のアクセントは平板型で、1拍目だけが低い○●●●。前回までくどくどと述べてきたように、東京式アクセントには●●●という型は存在しません。周囲がうるさかったりして声がよく聞こえず、●●●しか聞こえなかったような場合でも、東京式アクセントの話者の脳は「●●●はありえないのでこれは○●●●に違いない。頭に何かもうひとつ音があるはず」と判断してくれます。だから「×チノコ」は「ツチノコ」であろう、とわかるのです。この仕掛けを逆に使えば、1拍目は手を抜いて弱く言っても聞き取ってもらえる、という省エネ型の発音ができます。可能な限り労力を少なく抑える、という「経済の原理」は言語においても働いていて、それぞれの言語がそれぞれの特徴を利用した省エネ発音(楽な発音、手抜き)を、話者の無意識のうちに、おこなっているのです。しかしこれは言葉の特徴や規則が違う相手には通用しません。関西弁には●●●という型があり、そして○●●●は存在しないので、1拍目が極めて弱くなる東京式の発音は関西人には実にうっとうしく聞こえてしまいます。
江戸弁の「てやんでぇ」は「なに言ってやんでぇ」の略(?)ですが、1拍どころか4拍も落ちています。京阪式アクセントでは、さかな、さくら、かまど、…などは平安時代からずっと●●●であり、近畿圏の外で●●●→○●●のように1拍目が低くなることによって東京式ができたと考えられるわけで、東京アクセントのこの癖はきのうきょうに始まったものではなく、おそらく祖先の縄文人の時代からこうであったろうと思います。また、東京式の話者のご先祖は○○~のように低い音の連続も言いにくかったようで、こんどは1拍目が隆起して、●○~という型が生み出されました。これによって東京式アクセントはついに頭高型を獲得したことになるのですが、それでも出だしは○●~と●○~の二つしかありません。東京式アクセントが骨の髄まで染み込んだ話者にこれ以外の発音、●●~や○○~を覚えさせることは容易ではなくて、ピカチュウに「ピカピカ」以外のことを言わせるのと同じぐらい難しいです。
「わさび」は東京でも関西でも●○○、しかし香港の広東語では○●○になります。これは英語式の「wasabi」のアクセントから来ているのではないかと思うのですが、「たたみ」や、名前の「Yumiko」や、『ケロロ軍曹』のキャラ、ケロロ、タママ、ギロロ、クルル、…なども皆○●○なので、これは日本語音訳語の声調の型として香港で定着しつつあるのかもしれません。香港のテレビで流れているアサヒスーパードライのCMではなんと、アサヒ(●○○)とアサヒ(○●○)、両方が出てきます。どちらかに「しなさい」と言いたくなりますが、…え?
それは別のSuperdry(極度乾燥)じゃないか、って?
京言葉にも平安時代には○●●●という型があったことがわかっていて、○●●●→○○●●→○○○●という変化を経て現在に至っています。1拍目さえ低ければあとはどこから高くなっても構わない、という、東京式からは想像もつかない、低起式平板型(無核)の特徴を利用した、関西弁ならではの省エネ発音、手抜き、ずぼら…なのです(ただし母音の無声化は起こりません)。土佐弁では「にんじん」などが○●●●なので、東京式と同じだと思われがちですがそれは大違い。言語を表面の形だけで判断してはいけません。これは昔の京都アクセントの低起式です。京都から遠く離れた高知と、それから和歌山の田辺に、古い形が残っているのです。江戸時代に京都に存在していた中間型の○○●●は、徳島と、そして和歌山の龍神(温泉で有名)に残っています。3拍の「うさぎ」なども同様、○●●→○○●であり、古形は同じく高知と田辺に残っています。ちなみに土佐弁の「ウ」は関西弁よりも更にはっきりしていて、フランス語やスペイン語などのような、ほぼ世界標準に近い円唇後舌の[u]です。土佐弁使うなら、語尾に「ぜよ」を付けただけでは、いかんぜよ。

大沢さとし

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