花樣方言 メートルGO

2016/09/12

度量衡ポケモンGOには、アメリカ人にメートル法を覚えさせるのに貢献した、という評価があります。これはかつて絶対にありえないだろうとされていたことの実現であり、アメリカ人がスマホを握りしめながらポケGOで表示される「2km」や「5km」をマイル換算しつつ懸命にメートル法を習得している姿は歴史的快挙であるとして欧米人たちを驚かせています。

度量衡の歴史はそのまま人類の歴史であり、これがわかると、現在の世界の国と地域の姿もはっきりと見えてきます。フィートのように足の大きさで距離を測る方法の歴史はとても古いのですが、現在のヤードポンド法の直接の起源は古代ローマです。メートル法がフランスで作られたのはたかだか2百年前、けれども、名称や数値が国ごとにばらばらだったヨーロッパ度量衡のメートル法への統合はほぼ完成しています。問題はイギリスですが、道路標識などにいまだマイル表記が残っているものの、実際はメートル法がかなり普及しています。このことは香港の事情からも察することができて、イギリスがメートル法への移行を決めた後の1970年代、香港でも「十進制」の宣伝キャンペーンが始まっています。この「十進制」という言葉がメートル法のことを意味すると知っている日本人は現在ではかなりの香港通であり、また、広東語通だといえるでしょうね。12インチで1フィート、3フィートで1ヤード、1760ヤードで1マイル、というヤードポンド法に対してメートル法の大きな特徴は、十進法だというところにもあるのです。

現在の香港の度量衡の面倒くささは、香港で庶民的な生活をしたことのある人なら誰でも知っているはずです。メートル法は、だいたい通用するように思えて、一部には全く通じない分野があります。ビルの高さなどはメートルなのに、部屋の広さは平方フィートです。身長もたいがいフィートとインチで言っていて、体重はポンド。郵便局で小包を送るのにはキログラムなのに、洗濯屋の目方測りはポンド、市場に行くと野菜は「斤」で、果物のマンゴスチンや龍眼などは「磅」(ポンド)。日本でさえ、一部のスポーツや航空産業などはヤードポンド法であり、また、タイヤやテレビのサイズなどがインチで表されます。ジーンズやピザなどもインチが基準で、それに合わせてcm表記は切りの悪い数字や近似値になっています。これらの元凶は、ほかでもないアメリカ。かの大国がヤード・ポンドに固執している限り、世界はヤード・ポンドを完全に捨て去ることができないのです。

香港もかなり前から、イギリスではなくアメリカの大学に留学する人が増えています。香港でメートル法の普及が中途半端になってしまったのは(オーストラリアやニュージーランドやカナダもそうですが)、決してイギリスのせいなのではなくて、やはりアメリカの存在が遠因にあるとみるべきです。イギリスのメートル法推進がただ「遅い」だけであるのに対してアメリカは、メートル法に変えようという意志がはなからないのです。世界に対して多大な影響力を持ちながら、世界の流れに逆らうことを続けていて、特に迷惑をかけているという意識もないようです。

ヨーロッパもメートル法への移行が決して簡単だったわけではありません。古い度量衡を法律で禁止することによってメートル法を定着させているのです。日本でも、不動産関係では一般に「坪」を使っていますが公式な文書では平方メートルに換算していて、メートル法以外を取引や証明に使ったら計量法違反で罰金を取られます(アメリカの強い影響下にある航空産業などは例外)。要は、罰則を設けるほど強制しない限り変えられなかった、ということ。度量衡も、言語であり文化なのです。尺や斤などは中国でも時代と地域によって違いがあって、まさに方言と同じです。香港の斤は清朝後期の広州を拠点とした国際貿易に由来していて、ポンドとの換算が容易な「3分の4ポンド」(604.78982グラム)。対して清朝標準の斤は596.816グラム。新中国以降の斤はメートル法に合わせて500グラムと改められ、現在の中国国内では更に「1斤=16両」から「1斤=10両」へと改められています。

日本の食パンの「斤」も昔から変わらないもののひとつですが数値が随分違っていて(これももとはポンド換算に由来)、現在では必ず340グラム以上とすることが定められています。日本古来の尺貫法が消滅するのを憂いて復権運動を起こしたのが、7月7日に亡くなられた永六輔さん。伝統的な業種においては尺や升や匁(もんめ)を使ってもいいと認めさせるのに成功しています。一升瓶、一斗缶、一里塚、一寸法師、千里の道も一歩から、一寸の虫にも五分の魂、いずれも「換算」されずに使われています。ヤード・ポンド圏のピザ好きはcmで言われてもピンときません。「12インチ」「18インチ」でないと食欲がわかないのです。

大沢ぴかぴ

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