花様方言 POLIS(POLICE)

2014/03/03

花様方言 POLIS(POLICE)

 

魔女の宅急便

 

「魔女の宅急便」の実写版がついに封切り。実写版では舞台が日本になりましたが、ジブリのアニメ版で舞台となった、あの素敵な都市のモデルはどこだったのでしょう・・・。シエナであるとか、いやドゥブロヴニクだとか様々なウワサ、憶測が流布して、実際、多くの日本人観光客が「魔女宅」の景観を求めてイタリアのシエナやクロアチアのドゥブロヴニクを訪れたのです。このような社会現象を「都市伝説」といいます。(・・・え?・・・意味が微妙に違うって?)
アニメ「魔女宅」の景観は欧米のあちこちの風景のつぎはぎですが、主要な部分はスウェーデンのゴットランドとストックホルムです。このことは宮崎駿監督ご自身もコメントしていて、「長くつ下のピッピ」の企画が持ち上がったときに取材のため、ピッピの作者であるスウェーデンの国民的児童文学者アストリッド・リンドグレーンゆかりの地を旅行した際に見た景色が土台となった、とのこと。アニメ「魔女宅」を仔細に見てみると、あの都市がスウェーデンであることを示す動かぬ証拠、いや、動く証拠…が描かれています。
走るパトカーの車体に、「POLIS」と書いてあります。警察を「polis」と書くのは、スウェーデン語のほかは、スコットランド語、トルコ語、マレー語、アゼルバイジャン語など。スコットランドのパトカーには英語で「POLICE」と書いてあるはずだし、ましてやあの都市がマレーシアやトルコ・中央アジアではありえないので、よって、スウェーデンなのです。ちなみに「police」と書く言語も意外と少なくて、英語とフランス語のほかはルクセンブルク語ぐらいなものです。英語かフランス語を公用語とする国、もしくは併記する国が多いため「police」が世界中に広まっているだけのことで、ヨーロッパでは、ドイツ語「Polizei」、オランダ語「politie」、イタリア語「polizia」、スペイン語「policía」・・・と多様なのです。アジアの漢語圏とその周辺では中国のほか韓国語でもベトナム語でも和製漢語の「警察」を使っていますが、香港の広東語では「警察」以外に、「差人(チャーイヤン)」(警察官)、「差館(チャーイクーン)」(警察署)と、「差~」が定着しています。この「差」の起源は古くて、時代劇でも「衙差」のように出てきます。
もうひとつ、アニメ「魔女宅」でスウェーデンっぽさを出しているのが、スウェーデン語にあるウムラウトの文字「ä」「ö」の多用。文字の上のこの点々は母音の発音を変える働きをするのですが、そんなことは意にも介さず、宮崎監督はよっぽどこのポチポチが気に入ったのでしょうか、「風の谷のナウシカ」までも「Nausicaä」としています。「ä」で思い出さずにいられないのが、アメリカ生まれのアイスクリームチェーン店「ハーゲンダッツ」(Häagen-Dazs)。この名前も実は何ら意味を持たないデタラメ・スウェーデン語で、北欧っぽいイメージにするためコペンハーゲンの「ハーゲン」を取って、ロゴに「ä」を入れたのだとか。・・・って言いますがね、コペンハーゲンはデンマークでしょ、デンマーク語には「ä」も「ö」もなくて、代わりに「æ」と「ø」を使うのですけど。アメリカ人のヨーロッパ観など、しょせんジブリアニメのヨーロッパとレベルが同程度なのです。「aä」とか「äa」などというつづりはスウェーデン語にもドイツ語にもフィンランド語にも絶対ありえません。本物のスウェーデン語は家具のチェーン店「IKEA」で見ることができます。
デンマーク語で「警察」は「politi」ですが、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語はとてもよく似た言語です。似た言語どうしが、方言なのか、あるいは別の言語なのかという問題は、「方言」という用語の定義、使い方によって異なってくるのですが、国家が別個であるがゆえ、北欧諸語については普通、誰もが個別の言語であると見なします。セルビア語とクロアチア語もユーゴスラビアのころは「セルボ・クロアチア語」と一緒にして呼ばれましたが、現在は別言語として扱われます。この両言語こそ、あえて言うなら大阪弁と京都弁以上に似ていますが、宗教が違うため文字も別々で、両者の間に仲間意識はないのです。(大阪と京都もあまり仲間意識はないように思われますが。)ドイツ語の方言とされていたルクセンブルク語は1984年から公用語に「昇格」。ルクセンブルク人に自分たちをドイツ人だとするアイデンティティーは全くありません。
スウェーデン語「ö」、デンマーク語「ø」で表される音は、英語や日本語や北京語にはありませんがドイツ語にもフランス語にも韓国語にも広東語にもあって、決して珍しい音ではありません。この発音ができないと広東語の多くの語彙、「水」「女」「去」「両」「上」「長」「脚」「薬」・・・などが言えず、とってもヘタな広東語になります。「香港」の「香」、「瑞典」(スウェーデン)の「瑞」もまたしかり。しっかり練習しましょう。

大沢さとし

Pocket
LINEで送る