花樣語言Vol.140 ムーミンの問題

2018/04/23

今年のセンター試験の地理Bにムーミンが出て物議をかもした。ムーミン公式サイトのツイッターには「ムーミンの舞台はフィンランドかノルウェーか…という問題がセンター試験で出てお怒りのみなさんも多いようで…」。怒ってる人もいるのか。ムーミンの作者トーベ・ヤンソンはフィンランド人だが、ムーミン谷は架空の場所で、フィンランドとは特定できない、ということだ。この問題について、フィンランド大使館の公式ツイッターは「ムーミン谷はきっとみんなの心の中にあるのかな」、スウェーデン大使館のフェイスブックには「ムーミン谷のモデルになったのは、ヤンソン一家が夏の日々を過ごしたスウェーデン群島にあるブリード島です」、そして文部科学大臣、内閣官房長官も記者会見で質問を受けている(かつてムーミンパパと呼ばれた官房長官がいた)。試験の問題は、『ムーミン』と『小さなバイキングビッケ』のどちらがフィンランドか、という究極の選択であり、相手がバイキングである以上、ムーミンのほうを選ぶしかない。通説におもねって判断すれば手こずる問題ではないと思うが、確かに話題性はあった。

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試験問題は、アニメとあわせて言語も選ぶようになっている。「ヨシエさんは、3か国の街を散策して、言語の違いに気づいた。そして、3か国の童話をモチーフにしたアニメーションが日本のテレビで放映されていたことを知り、3か国の文化の共通性と言語の違いを調べた」とあって、スウェーデンが舞台の『ニルスのふしぎな旅』の絵と、「それいくら?」という日本語訳の付いたスウェーデン語、そしてその下に、選択肢のノルウェー語とフィンランド語が並べられている。なんと『旅の指さし会話帳』からの転写だ。童話ならアンデルセンという巨匠を擁するデンマークがのけ者にされているが、デンマーク語も含めて「いくらですか?」を並べてみるとこうなる。
 Vad kostar det?:スウェーデン語
 Hva koster det?:ノルウェー語
 Hvad koster det?:デンマーク語
 Paljonko se maksaa?:フィンランド語
ヨシエさんが気づいた「言語の違い」すなわち出題者の意図は明らかだ。スウェーデン語に似ているのはノルウェー語、似てないほうが非ヨーロッパ系のウラル語族に属するフィンランド語。「教科書で取り上げられている言語区分の知識に基づき判断できる」(大学入試センター)。ちなみにスウェーデン語の「kostar」が「a」になっているのは誤記ではないので念のため。ある種の動詞の現在形語尾「-ar」はスウェーデン語の特徴である。「vad」「hva」は英語なら「what」に相当する疑問詞、デンマーク語「hvad」を介して比べたほうが類似性のツボが理解しやすいであろう。だてにデンマーク語を引っぱり出したわけではない。

ヤンソンはフィンランド人だが、スウェーデン語話者であり、ムーミンもスウェーデン語で書いた。「スウェーデン系フィンランド人」だ。マイノリティであるが両言語ともフィンランドの公用語である。出題者の意図にあえて疑問を呈するとしたらこの点だ。昔は誰もムーミンがフィンランドとは知らなかった。みんな、あれはカバだと思っていた。それが今では多くの人がフィンランドだと知っていて、カバではなく妖精だと知っている。もっと詳しい人は妖精とも若干違うことまで知っている。いずれは、スウェーデン語で書かれたということも通説になる、かもしれない。スウェーデン語で「Mumin」(ミューミン、と聞こえるかも)、フィンランド語では「Muumi」。

英語では「Moomin」、フランス語は「Moumine」(ムミーヌ)、オランダ語「Moem」(ムーム)、ノルウェー語「Mummi」(ミュンミ)、デンマーク語「Mumi」(ムーミ)。スウェーデン語型「ムーミン」とフィンランド語型「ムーミ」、面白いことに漢語訳にはこの両派がある。「姆明」「慕敏」vs.「姆米」「莫咪」「嚕嚕米」。フィンランド語では「Muumi」を「Muumin」としたら「ムーミンの」という意味になってしまう。「Muumille」なら「ムーミンに」、「Muumilta」なら「ムーミンから」、こういう「格」が15種類ある。また、フィンランド語は音の長・短もはっきりしている。スウェーデン語やノルウェー語の比ではない。日本の関西弁と並んでおそらく世界一だ。イタリア語や広東語や東京の標準語などと違って現れ方の「制約」もほとんどない。母音だけでなく子音も、kukka(クッカ=花):kuka(クカ=誰)のように長短がある。「おばさん:おばあさん」「来た:切った」など1拍分の長さの違いで意味が区別される日本語と全く同じと考えていい。

ヤンソンは日本のアニメ版ムーミンにたいへん不満で、日本が勝手につけた「ノンノン」の名前を変えさせたり、特に機械など文明の利器や暴力シーンを嫌ったという。宮崎駿(そう、かの巨匠も参加していた)が出した戦車に激怒したという逸話もある。虫捕り網で蝶を捕るのもダメとのことで、そうするとムーミンの世界観は日本の子供の伝統的なアウトドア文化とも相いれないことになる。言語の共通性と文化の違い、なのか。

大沢ぴかぴ

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