尹弁護士が解説!中国法務速報 Vol.12

2019/10/02

契約書はなぜ必要か

 

 国際取引のトラブル案件のお話を伺う際、「相手方とは契約書を交わしていない」と言われることがよくあります。このような契約書を交わしていない事案の多くは1回の商品売買といった単純な取引です。しかし、契約書を締結せずに販売代理店の権限を与えたり、技術者を派遣して技術援助のような状態になっている事案もあります。
 「日本での取引では、口頭の合意でもトラブルはない。」という方もおられるかもしれません。中国企業との取引で契約書を作成することは本当に必要なのでしょうか。日本での取引の場合、お互いに共通の慣習や文化の基盤があります。
 例えば、「Aという商品を、1個1万円で1000個売ります」と口頭で合意したとします。後に、商品の仕入れ値が上がり、1個1万円では利益が出ない状態になったとします。その場合でも、売主が「そんな合意をした覚えはない」と言ってくることは常識的には考えられないと思います。そんな主張をすれば「あの会社はおかしい」という噂が広がり、誰とも取引してもらえなくなるかもしれません。
 しかし、これは日本の常識であっても国際取引で通用する常識ではありません。もちろん、海外の企業であっても口頭の合意を誠実に守る企業もあるでしょうが、国際取引では「そんな合意をした覚えはない」といった主張を受ける可能性があるため、その際に頼りになるのが契約書です。
 国際取引を初めて行う方は、「これからは契約を武器に世界で戦っていく」という意識を持つと良いでしょう。また、取引相手との友好ムードの中でも、「今日合意した内容を書面にしてお互い署名しましょう。」という冷静な一面も求められるのです。最近では、日本でも企業間の紛争が訴訟へ発展する例も増えていますが、日本では「信義誠実」のような共通の基盤があります。「こんな争いをしていてもお互いのためにならない」と、お互いが歩み寄って問題が解決される場合も少なくありません。しかし、国際取引ではこのような共通の基盤がないため、「信義誠実」とか「歩み寄り」といった譲り合いで紛争を解決することは期待できず、「契約書に何と書いてあったか」が問題解決の基準となります。
 日本企業同士の取引では、共通の慣習や文化の基礎があり契約書がなくても大きな問題にならないことも多いですが、国際取引ではこのような共通の基盤がないことが多く、争いが起きた場合は契約書が解決の拠り所となるため、契約書を作成する必要があります。また、契約書の作成については、専門の弁護士に相談されることをお勧めします。

*次回のテーマは「契約書作成の重要性」です。


Profile Photo代表弁護士、慶應義塾大学法学(商法)博士。西村あさひ法律事務所(東京本部)、君合律師事務所(北京本部)での執務経験を経て、2014年から深圳で開業、華南地域の外国系企業を中心に法務サービスを提供。主な業務領域は、外国企業の対中国投資、M&A、労働法務、事業の再編と撤退、民・商事訴訟及び仲裁、その他中国企業の対外国投資など。

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