花様方言 Vol.188 <外来語の功罪>

2020/04/22

Godaigo_logo

 高輪ゲートウェイ駅が開業した。「ダサい」と炎上したこのカタカナ駅名の撤回を求める署名運動には、前回紹介した『地名崩壊』の著者、今尾恵介氏も参加していた。「ゲートウェイ」という地名は英米をはじめ世界中の英語圏のいたるところにあって、ネーミングとしては極めてありふれている。香港なら尖沙咀の「港威大道」の英語名が「Gateway Blvd」だ。セントルイスにはミシシッピ川からの入り口に本当に巨大なゲート「The Gateway Arch」が建っている。日本にはこれまで、特別有名な「ゲートウェイ」はなかった。英語圏ではないから、だろうか。ともあれ、安易な英語式の命名が嫌われるご時世になって久しい。

 外来語は意味がわからないからダメ、ということではないし、外来語がすべてダメ、というわけでもない。サイゼリヤはアマトリチャーナとかアロスティチーニとか、相変わらずイタリア語連発で人気を維持している。アマトリチャーナとは何かと聞かれて、グアンチャーレとペコリーノ・ロマーノのパスタ、と答えたら怒られるかもしれないが、「豚の頬肉の塩漬けと羊の乳のチーズのパスタ」ではたぶん食欲をそそられない。アロスティチーニを「羊肉の串刺し」、アーリオ・オーリオを「具が何も入ってないパスタ、具なしパスタ」(関西ならきっと「素パスタ」)としても、たぶん売れない。言葉の役割は、意味の伝達だけではない。意味がわからないほうが好奇心をそそられ、注目を集められる場合もある。日本では特に食べ物の世界でその傾向が強くて、日本人は珍しいもの真新しいものを食べてみたいという冒険心を持っていることがわかる。英語はもう陳腐なのだ。ビーフ○○とか○○チキンだけでは今のご時世、お客を呼べない。

P08 Godaigo_737 英語を使うな、という声は、英語に堪能な人たちの間からも出てくる。河野防衛大臣は、「クラスター」を集団感染、「オーバーシュート」を感染爆発、「ロックダウン」を都市封鎖ではダメなのか、と述べた。高齢者にはわかりづらいので「日本語で言えばいい」と。クラスターが「集団感染」では「ダメ」な理由は、いわゆる集団感染とは違うからだ。注釈を添える場合は「小規模(の)感染集団」または単に「感染集団」が多い。(香港は「群組」を使っている。)また河野氏は外相のころ、外国の国名表記に「ヴ」は使わないと決め、日本人の名前の英文表記を「名・姓」の順から「姓・名」に変えると決めた。今は国際政治学者という肩書の舛添要一は、小池都知事の会見について、「オーバーシュート、ロックダウンと横文字を使い、危機感を煽ってしまった」と批判している。が、舛添氏ご自身こそ、厚生労働大臣だったときの2009年、豚インフルエンザ騒動の際に「パンデミック」という横文字を使って危機感をあおったと批判を浴びた過去がある。

 福井新聞によると、福井市の77歳の議員が、観光プロモーション事業で「フォトジェニック」や「インフルエンサー」といった「カタカナ語」が多用されていることに苦言を呈して、「日本語」で説明するよう求めたそうだ。「プロモーション」の意味も尋ねたそうで、「キャッチフレーズ、ロゴ、エリアブランディング、ポータルサイト、インスタグラマー」などの「横文字、片仮名」は年寄りにはわからない、不愉快だ、気に入らない、と言ったらしい。理事者側は「観光庁のホームページに記載されている言葉」だと答えたそうだが、これらの用語を見て思うに、明らかに、主に若者のほうに照準を合わせた「プロモーション」である。年寄りの慰安旅行を呼び込もうという事業じゃないことぐらいわかるでしょ、残念ながら。昭和初期生まれなら、今の若者が使わない「メリケン粉、デーデーテー(DDT)、光化学スモッグ、ニコチン中毒、グロッキー、ワンマンカー、ワンマンバス、ミリバール、ドロップ(野球の変化球)、内ゲバ、ゲバ棒」のような片仮名語を知ってるはず。「promotion」は本来フランス語だ。イギリスに伝わった当初は、ほんの一部のイギリス人しかわからなかったはずだ。それが今では完全に英語として定着している。世はうつろい、言葉も変わる。いまだATMを「現金自動預け払い機」といちいち説明してくれるNHKは親切だ。

 漢字なら意味がわかると思ったら大間違い。「群組」←これで、わかります? それから「外来語」、この用語は、言語学者は普通使わない。いわゆる「国語学者」や「文学者」などが使う。「外来語」には普通、漢語が含まれない。だから中国語からの「外来」語である漢語も含めたすべての外来の語彙類を指すのに、言語学者は「借用語」という術語を使う。これは「Loanword」の翻訳語。「借り物の言葉」なので、いつかは返すのかと思われてしまう。(ヨーロッパのローンの制度だと、いずれ自分のものになる。)「言語学」という漢語も意味が伝わらない。「語学」と勘違いされたりする。言語学とは「言語」をどうするものなのか、「生物学」や「天文学」のような、イメージすら持たれてない。比較言語学とは「言語を比較するのか」と聞かれたときは、全身脱力した。外来語であれ漢語であれ、また和語であれ、わからないものはわからない。英語で「言語学」は、やはりフランス語からの借用語である「Linguistics」だが、英語圏の一般庶民はこれが何に関するものなのかすら全くわからない。

 医療従事者を応援する神奈川県のキャンペーン「がんばれ‼コロナファイターズ」は、名称が軽薄だと批判されて取りやめになった。イギリスでは、首相代行を務めたラーブ外相が入院治療中のジョンソン首相を「He is a fighter.」とたたえた。大谷選手のいた日本ハムファイターズの球団名についてアメリカでは、「ハムファイターズとは何か。ハムを持って戦うのか」と大変疑問に思われることがある

大沢ぴかぴ

Pocket
LINEで送る