花様方言 Vol.189 <コトバ de DIY>

2020/05/06

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 「KOBAN」←さてこれは何か。猫に小判の「こばん」ではない。警察の「交番」である。実際、交番には「KOBAN」と書いてある。外国人にはわからないので東京オリンピックまでに改めるべき、という声が多く寄せられたそうだ。が、実はこの「KOBAN」、外国人にも通じる、と謳って平成6年に鳴り物入りで(?)導入された。交番の制度は海外でも評価が高く、諸外国も日本式の交番を作っている、と。確かにハワイやサイパンには本当に「KOBAN」と書かれた交番が存在するし、台湾や韓国には「派出所」と呼ばれる交番がある。「派出所」は、平成6年の「交番」への改名以前の、日本での交番の正式名称だった。『こち亀』が『こちら葛飾区亀有公園前派出所』なのは、連載が始まったのが改名よりも前だったからだ。俗称だった「交番」へと、あえて改名。相当な自信があったものと思われる。が、目下のところ、コリンズの電子版英語辞書で「KOBAN」と検索しても「old oval-shaped Japanese gold coin」しか載ってない。つまり「小判」である。

739_Godaigo 「交番」は和製漢語で、中華圏では通じない。「交代で番をする」という意味だ。ただし「警察」も和製漢語だがこれは中華圏に定着している。国立競技場のお披露目のとき、外国の招待者たちから、「Joho no niwa」が意味不明と苦情が出た。「イベント用のエリア」だそうだが、Judo、Karate、Ninja、Kawaii(や、KOBAN)のように、日本語のまま外国人に広めようと、もくろんだのだろうか。まさか新海誠監督の『言の葉の庭』が海外で評価が高いことにあやかろうとしたわけではあるまい。日本には「インフォメーション」という借用語が定着して久しいが、これにはもう飽きてしまったのだろうか。お知らせ、情報、インフォメーション、この「和・漢・洋」の3つが、ときに淘汰し合い、ときに使い分けられ、共存してきた。

 ゲートウェイ、フォトジェニック、インフルエンサー、ポータルサイト、オーバーシュート、ロックダウン、こういう言葉についての記事で気づいたのだが、「外来語」という言い方を、していない。「カタカナ語」なのである。年寄りたちも「横文字、外国語、英語」などと呼んでも「外来語」とは言ってない。もしや「カタカナ語」と「外来語」のあいだに、意味の違いが生じてはいないか。「外来語」とは、コップとかテーブルとかサッカーとかチョコレートとか、日本語に入ったのが古くて誰もが意味を理解し、しかもカッコいいとか、けしからんとか、主観的な感情が混入してこない語群だ。対して「カタカナ語」とは、概して新しく、意味がわかる人とわからない人がいて、ときに物議をかもすこともある語群である。国立競技場のお披露目では「Calm down, cool down」という表示にも物言いがついた。「障害がある人の利用を想定」して「大勢の中から視線を遮り気持ちを落ち着かせるスペース」なのだそうだが、和製英語…とは言えないまでも、「カタカナ語」をそのまま英語のつもりで書いた、というような感じは否めない、かもしれない。キャッチコピー「HELLO, OUR STADIUM」も、いじられた。「英語にはない表現なので奇妙だ」(全国新聞ネット、より)。長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督は「メイク・ドラマ」を好んだが、これがエセ英語だと批判されるようになると、「専門的にはメイク・イット・ドラマティックと言うそうですが」と釈明した。長嶋監督の数々の言葉は様々な人たちを驚かせた。「専門的には」には言語学者も啞然、仰天した。

 日本の野球用語はほとんどがアメリカで通じない。フォアボール、デッドボール、フルベースは、専門的には、Base on balls(または、Walk)、Hit by pitch、bases loaded、である。全般にスポーツ関係の用語は和製が多い。ユニホーム、デッドヒート、ゴールイン、ゲームセット、フライング、トップランナー、バトンタッチ、みんな通じない。ハイタッチは、専門的には「high-five」である。ハイとファイブ(五本指)で韻を踏んでるのだが、そういうことに日本人は興味を覚えないようで、せっかくの語呂合わせをふいにしてしまった。トップランナー、トップバッターなどが専門的に変なのは、「トップ」とは専門的には「頂上」すなわち上下関係での「上」のことだからだ。順番や、平面においての「前」は表せない。「ファイト」は、専門的には格闘することで、英語圏では応援の言葉ではない。コロナウイルスとの戦いに関して、英米でやけに「Fight」を使っているのが気になる。「がんばれ」の意味での「ファイト!」が、よもや日本のマンガから、広まっていたのだろうか。

 「交番」は、「派出所」になる前にも、明治の初めに正式名称だったことがある。「巡査」を邏卒と言ってたころだ。明治の和製漢語は、江戸時代に作られた、残念、心配、本当、大金…や、室町時代の、出張、推量、大根、面倒、本気、見当、看板…などの流れをくむ。でばる→出張、おしはかる→推量、これらは和語からの翻訳造語だ。おおね→大根(だいこん)、おおがね→大金(たいきん)などはまさに、四球→フォアボール、死球→デッドボール、満塁→フルベース…、直訳したような和製英語を連想させる。英米人に理解できない和製英語を勝手に作る力量は、中国人に理解できない和製漢語を作ってきた長い歴史によって培われ、はぐくまれた。

 アイスティー「ice tea」は今や英語圏でも使う、本物の「日本製の英語」である。「フジヤマ」は英製(米製?)和語だ。本物の日本語で、専門的には「ふじさん」である。翻訳ソフトによる傑作で、大阪メトロのサイトに、堺筋→Sakai muscle(筋肉)、天下茶屋→World Teahouse、というのがあった。黙ってれば面白かったのに、誰かがばらしてしまった

大沢ぴかぴ

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