ビジネスの翼 第7回

2022/02/16

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渡辺雅司氏(株式会社船橋屋 代表取締役)
「老舗の伝統の技を活かしながら、新しい商品でイノベーションを起こす」
東京・亀戸で創業217年を誇る老舗のくず餅屋・船橋屋。先代からの味と伝統を引き継ぎながらも社内の改革を行ない、お客様のニーズを読み、健康飲料「飲むくず餅乳酸菌」など伝統を生かした新しい商品やサービスを手がけ成長を続けている。
困難をもチャンスに変え、進化を続けてきた船橋屋の渡辺社長にお話を伺った。

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中込直樹:渡辺社長は創業200年を優に超えるくず餅の老舗「船橋屋」に1993年に入社をされ、2008年には8代目の社長に就任をされました。
200年を超える伝統ある会社と商品を引き継ぐというい大きなプレッシャーもあったと思いますがいかがでしょうか?

渡辺氏:1993年に都市銀行を退職し、船橋屋に入社しました。八代目として父から事業を引き継いだものの当初は不安もありました。属人的で閉鎖的な価値観が横行する職人の世界に入り、銀行員時代とのギャップに不安や危機感を抱いていました。旧態依然とした体制や慣習を時代に合わせて改革の必要性を感じました。

中込直樹:創業家の跡継ぎというお立場で、社長に就任され社内改革を進める中で、古くからの社員の方たちの反発や軋轢もあったのではないでしょうか。それをどのように説得・克服し、社内改革を実現されたのでしょうか。

渡辺氏:まずは、日々の業務のルールや仕組みづくりも設けました。その取組みの1つとして、当時、まだ業界にも浸透していなかった品質マネジメントシステムの国際規格ISO9001の認証取得を目指しました。取得のために属人化している作業を見える化し、製造工程を管理していきました。当然、これまで何のルールもなく業務をおこない、それで良しとされてきた社員たちは猛反発。古参社員と事あるごとに衝突し、次から次へと辞めていきました。ルールや仕組みづくりで数字は伸びていきましたが、社員たちは働くモチベーションを失っていきました。そこで、社員ひとりひとりが目的ややりがいを持って成長できる環境や組織づくりに力を入れました。その一つが社内のプロジェクト化です。
縦割りの事業部門とは別に各部署を横断するプロジェクトをつくり、上司部下の硬直した関係性ではなく、プロジェクトメンバーとして共に経営課題等に取り組みます。その結果、風通しの良い環境をつくり、組織が活性化されていきました。

中込直樹:社内改革の一つとして、2015年に執行役員を従業員による投票で選ぶ、「リーダーズ総選挙」を実施され、組織のナンバー2となる執行役員に、当時33歳の若い女性社員が選ばれたと伺いました。このような大胆な組織改革は、社内にどのような効果をもたらしましたか?

渡辺氏:社歴の長いベテラン社員の中にはこの大抜擢に不満を頂いた者もいましたが、私は「納得出来ないなら、次の選挙で結果を出せばよい」とあえて突き放しました。その結果、彼らはその後も当社に残り、現在では組織の中心として活躍してくれています。
また、ナンバー2になった彼女の影響を受けた社員たちが各部門で成長し、同僚や後輩を引っ張っていくようになりました。同時に新卒採用を積極的に行ったことで、職場が一気に若返り、社内が活気づいていったように思います。

中込直樹:2019年から約2年に渡って続いたコロナ禍により飲食業界にとっては厳しい状況が続いたと思います。このコロナによる影響、例えば売り上げの維持、従業員やパートの方の雇用の維持などにもご苦労があったのではないでしょうか。

渡辺氏:賑わいを見せるGWや年末年始等、新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言(一度目)が発出され、本店・直営店の喫茶は休業、百貨店や駅ビル等の店舗での販売も休業になりました。それまで売上は順調に推移していましたが、繁忙期でもある四月は前年比35%まで落ち込みました。ここまで落ち込むと逆に開き直り、アフターコロナを見据え、様々な改革を進めました。
通販事業の強化・拡大はもちろん、三密を避けるためにWEB予約のお取り置きや、工場から半径5km以内限定のデリバリー対応など速やかに構築しました。また、SNSキャンペーンやコミュニケーション強化によるファン層の拡大。乳酸菌を活用した商品も展開していきました。その結果、通販の売上は半期で前年比186%と大幅な伸びをみせました。

中込直樹:船橋屋さんでは、くず餅という長年、日本人に愛されてきた商品を作られています。渡辺社長の代になり、「くず餅プリン」、健康飲料「飲むくず餅乳酸菌」などくず餅を活かした商品を販売されヒット商品となっています。このように新しい商品を作り上げる時には、何を一番重要視されるのでしょうか。例えば、伝統の味をベースにしながらも変えずに守っていくところ、それとは反対に大胆に変えた部分などがありましたら、教えてください。

渡辺氏:私たち船橋屋のミッションは「くず餅を通して関わるすべての人の幸せを作る」です。商品開発だけでなく、イノベーション事業もそうですが、すべては「くず餅を広める」ためにあります。「くず餅プリン」は若年層に馴染のないくず餅の良さを知ってもらうために開発しました。飲むくず餅乳酸菌の元となる「くず餅乳酸菌」はお客様の声から発見しました。「くず餅を食べると、なぜか調子がいい」というお声を受け、研究機関に成分の研究をお願いしたところ、くず餅の原料から乳酸菌が発見され、ドリンクに開発に至りました。

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中込直樹:最近では、人気アニメとコラボレーションしたパッケージのくず餅やあんみつを販売されています。このような斬新なアイデアは渡辺社長自らがお考えになったのでしょうか。もしくは社員の方々の発想を採用し商品化をされたのでしょうか?またこのような商品はファミリー層や若いお客様の獲得という狙いもあるのでしょうか?

渡辺氏:これまでの歴史の中でアニメとコラボ商品を展開はしたことはありませんでした。しかし、今回、若手社員たちが船橋屋のモチーフとして使用している「藤」とアニメに登場する「藤」のシーンを重ね合わせ、アニメとの親和性を感じたそうです。そこで、何か企画が出来ないかと提案が上がり、実現しました。
また、「藤」と言えば、歴史を共に重ねてきた「亀戸天神」で有名ですが、この企画を通して亀戸の街=藤のイメージが更に認知されることを望みました。
この企画を通して、新たなファミリー層や次世代のお客様に知っていただくきっかけになったのではないかと感じております。

中込直樹:最近の健康志向の高まり、コロナ禍による免疫力の向上などへの高まりの中で、「飲むくず餅乳酸菌」など、乳酸菌とその「発酵技術」を活かした商品への消費者の関心がますます高まっていると思います。今後、船橋屋さんでは、この乳酸菌を活かした商品のさらなる開発や、プロモーションをお考えでしょうか?

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渡辺氏:今後、「くず餅乳酸菌」の更なるデータ分析や研究に取り組み、「機能性表示食品」の取得を目指しています。合わせて、この乳酸菌を活用した新商品を展開していき、「亀戸天神のお土産屋」「老舗和菓子屋」から「健康提案企業」へと進化していきたいと考えています。

中込直樹:上記のように、このコロナ禍でも、新しい商品やサービスを生み出し生き抜いて行く。これは200年以上お店が続いてきた中で、関東大震災、第二次世界大戦など、大きな困難を乗り越えて、伝統を継承し、守り抜いて来た先代からの教えと、DNAのようなものがあるとお考えでしょうか?

渡辺氏:弊社の社訓に「売るよりつくれ」という言葉があります。これは初代の教えでもありますが、もともとは「良いものを作れば自ずと売れる」という意味です。現在も良いものを追及する姿勢は変わりませんが、今の時代は「商品をつくる」だけでは足りません。この言葉を現代解釈し「くず餅を通して関わるすべての人の幸せを作る」と捉えています。「心をつくる」「健康をつくる」「組織をつくる」など、様々です。初代の教えを社訓とし、現代解釈することにより、伝統を守りつつ、時代に合わせた取組みをしています。

中込直樹:海外での展開についてお伺いします。香港や台湾、上海などには日本の和菓子店が進出をして大きな人気を得ています。くずもちは製造から消費期限が2日という繊細な商品ですが、船橋屋さんも「元祖くず餅」や他の商品について中華圏や海外への進出、事業展開をお考えでしょうか。

渡辺氏:くず餅の消費期限は2日ですが、自然のままに日持ちを1日でも伸ばせることが出来ないか等、研究を進めています。1日でも伸ばすことが出来れば、香港や台湾、上海などへのお届け等も出来るようになります。
合わせて、乳酸菌ドリンクや乳酸菌を活用した化粧水など、越境ECを活用し、海外の皆さまにもくず餅の存在を知っていただく機会を増やしていく予定です。また、コロナが落ちついた際は海外への進出や事業展開も具体的に進めていこうと考えております。

中込直樹:今後、渡辺社長が実現してみたい商品企画やプロジェクトがありましたら教えていただけますでしょうか?

渡辺氏:先ほども少し触れましたが、まずはくず餅の「機能性表示食品」の取得です。その後、皆さまの健康に寄与出来る商品展開をしながら、日本の伝統文化と共にくず餅が持つ可能性を社会に発信していきたいと考えています。

中込直樹:PPWの読者には香港や中国国内に在住の日本人ビジネスマン、留学生などが多くいます。彼らの多くはこのコロナ禍の中、日本にも2年近く帰れない中、現地での事業、勉強を続けるために奮闘しています。そんな読者に渡辺社長よりメッセージをお願いいたします。

渡辺氏:コロナを社会学習と捉え、環境に左右されず、在り方とむき合い変容していくときです。コロナは私たちにそれまで見過ごしていた「当たり前」の大切さや、かけがえのなさを教えてくれました。自分にとって何が幸せなのか、自分らしさを取り戻す機会を与えてくれています。


 

渡辺雅司スクリーンショット (485) 1964年東京生まれ。立教大学経済学部卒業後、1986年に旧三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。企業融資や債券トレーダーなどの業務を経て1993年に船橋屋に入社。2008年、8代目として代表取締役に就任。以後断行してきた数多くの経営改革と人材開発メソッドが注目され、現在全国から講演依頼が殺到。また近年、くず餅の発酵過程で見つかった乳酸菌をもとに医療機関向けサプリメントの開発やホテルニューオータニとのコラボ商品開発などのイノベーション事業に注力している。座右の銘は、当社の看板文字を揮毫した吉川英治の言葉: 「われ以外皆わが師」。著書『Being Management「リーダー」をやめると、うまくいく。』PHP 研究所

 

 

 

スクリーンショット (484)中込直樹(なかごみなおき)
Wing Fat International Creative Ltd(ウィングファットインターナショナル)代表取締役。製造拠点(中国、ベトナム)を中心にキャラクターライセンスを使用したマーケティング、企画製造を手掛ける傍ら、中国向け商品ブランディング、プロモーションを支援するDream Creation(ドリームクリエイション)を創業。多方面で活躍中。コーポレートメッセージは「日中を夢中に!」山梨県南アルプス市出身。

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