青衣島と昂船洲を結ぶ世界最大級の斜張橋の建設を手掛けた「前田建設工業」インタビュー

2015/11/23

輝く日本の先端技術力前田・日立・横河・新昌JVが施工した「ストーンカッターズ橋」
2009年10月、5年7カ月をかけて、香港の新しいランドマーク、斜張橋、「ストーンカッターズ橋(昂船洲橋)」が竣工した。南シナ海のランブラー海峡をわたり、チンイ島(青衣島)とストーンカッターズ島(昂船洲)を結ぶ橋は、沙田(シャーティン)から空港へのアクセス向上を図るために建設された高速道路ルート8号線の要となっている。
2本の主塔から斜めにのびたケーブルが橋桁を吊った形をしている斜張橋としては、着工時、世界トップの規模。橋の全長は1,596m、主塔間の距離は1,018m、主塔の高さは298mもある。この「過去に経験したことのないプロジェクト」に挑んだのが、前田建設を幹事会社とする、日立造船、横河ブリッジ、新昌営造(香港企業)の4社による共同事業体(JV)だった。
今回は、このストーンカッターズ橋の建設について、前田建設工業(株)香港支店支店長の小久保正博さん、本工事の指揮に当たった花田紀明さん、その工事を事務方で支えた中島豊さんにお話を伺った。

貴社はいつごろから香港で事業を始められたのですか。
中島:当社にとっては、1963年に、香港で受注した「葵涌(クワイチュン)の開発計画」が海外初の工事となりました。以来、香港では、空港のターミナル、ケーブルカー、欣澳(サニーベイ)駅や青衣駅などの地下鉄駅舎、橋梁、高速道路など、返還前から主に香港政庁とMTRのインフラ工事を中心に実績を積んできています。
ストーンカッターズ橋の建設では、街の新しいシンボルとなること等を踏まえて、設計コンペが実施され、設計を決定した後、建設工事の入札が行われました。この入札には、世界の主要なゼネコンなどで構成される5コンソーシアムが参加。前田建設など4社で構成されるJVが建設工事を受注しました。

どんな点が評価されて受注に至ったのでしょうか。
花田:入札では、価格と技術・実績を50:50で評価するシステムが採用されているので、その両方が評価されたのでしょう。特に実績では、前田建設は香港で同じ斜張橋である「カプスイモン橋(汲水門橋)」や「青衣北大橋」を建設していました。ストーンカッターズ橋は、過去に経験したことがない規模の斜張橋でしたので、こうした実績や技術力が高く評価されたのだと思います。
ストーンカッターズ橋の建設は、世界中から人を集めてプロフェッショナルな組織を作り、部材も世界中から集めて行いました。カプスイモン橋の建設に携わったメンバーがいたことも大きかったと思います。
夜のライトアップされた橋                 ストーンカッターズ橋(昂船洲橋)
ライトアップされた橋をデートで眺めるときのおすすめスポットは、 香港の新しいランドマークとして、2009年10月に完成した、世界最大級の斜張橋、「ストーンカッターズ橋(昂船洲橋)」そこから見る風景。橋梁・鋼構造工学に関する業績に付与される「土木学会田中賞」など、様々な賞を受賞している。

❶MTR青衣駅からミニバスに乗って、橋の近くを通る、青衣路付近で下車。
❷青衣にある9号ターミナル近くにある道路(青衣航運路)より、橋を下から眺める風景。

多国籍のスタッフが働く現場での花田さんのマネジメント力も高く評価されていますね。
花田:このプロジェクトの前に、香港で16年間の現場経験を積んでいました。なので、香港スタイルの現場に慣れていたかもしれません。でもマネジメント力が要求されるのは、どの現場でも同じだと思います。建設業界は一品生産。一回間違えると取り返しがつかないので、思ったことはその場ではっきり言うようにしています。
中島:彼は交渉時など、こちらのペースにのせるのが上手ですよね。親分肌で、社内では部下の使い方が上手だと定評があります。このプロジェクトの事務所も大規模なものだったそうですね。
中島:建設工事の事務所では、当時他に類をみない規模でした。私は事務方として、事業所の立ち上げ等を担いました。請負契約では私達がJVだけでなくて、設計を管理する施主の事務所も作ることになっていたのです。このプロジェクトは、JV側が300人、施主側が200人の大所帯。これらの人たちが使う事務所の机、椅子に始まり、車や人など、ありとあらゆるものを供給しなければなりませんでした。そのために、施主側に承認をとる作業に時間と手間がかかりました。ただ施主側に理解があり、協力し合ってやっていこうという姿勢でしたので、比較的スムーズにできたほうだと思います。その他にもJV内の香港人同士の揉め事の仲裁や、海外から視察にやってくる来賓の対応にも追われました。

花田さんは、長い建設工事の中で、特に印象に残っていることはありますか。
花田:いろいろありますが、私が最初から担当した主塔の高さは未経験ゾーンでした。初めての技術もたくさん取り入れられていますが、それがうまくいったと思います。技術の点でいちばん苦労したのは、主塔の基礎工事です。高さ300m近い主塔は最深100mまである基礎杭(27本)と50m×50m×8m(高さ)の構造コンクリートで連結されています。主塔間の距離が長くなればなるほど橋全体の構造が大きくなるため、主塔を極力岸壁に近づけた設計となっています。このためその基礎工事は南シナ海との闘いになりました。
「仮締め切り」といって、ドライな状態で工事を行うために、海水が入ってこないようにするための作業が大変でした。水際からわずか7メートルの場所でしたので、採掘を進めるうちに海水が湧き出てきて、その量は予想を超えるものだったのです。
主塔は全く同じものを2つ作りますので、いかに早く片方の主塔を成功させるかがポイントになります。先行して施工した主塔の不具合は、もう一方では起こさせないようにする―。一つの塔をある程度仕上げてから、そのノウハウを活かせるように、そのチームを、反対側の塔の建設にあてさせるなどの対応を取りました。
ランブラー海峡を通る大型貨物船  主塔の建設工事1 主塔の建設工事2
建設工事は、ランブラー海峡を通る大型貨物の運行に支障がないように配慮して行われた。南シナ海との闘いになった、主塔の基礎工事をおこなう。

主塔の建設工事はどんな点が大変だったのですか。
花田:主塔は、上部175mから293mまでは、外側がステンレス鋼板で、中が鉄筋コンクリートという非常にめずらしい構造をしています。これが未知の仕事になりました。ステンレス鋼板は、工場で半円状に生産したものを海上輸送で香港へ。それを現場で若干加工し、ボルトで接合していきました。ものすごく精度を要求される作業でした。ステンレス鋼板の重量はひとつ25t。精度管理、施工、重量物の荷揚げの方法など、施主に説明して許可をもらい、細かい打ち合わせをしながら工事を行いました。この部分は技術の結晶になっています。

建設風景を見ていた人は、青衣島と昂船洲の両サイドから橋桁が延びてきて何ができるのだろうと思ったそうです。
花田:主塔間の橋桁は、所定の位置まで海上輸送した部材を吊り上げて設置するという工法を採用しています。この橋の横には、巨大なターミナルがあり、ランブラー海峡は大型コンテナ船がひっきりなしに通る場所です。その往来に影響を与えないように、橋桁の下は73.5mもあり、工事も運行に支障を与えないように行われました。工事のクライマックスは、両サイドから設置していった橋桁を中央で併合するときでした。セレモニーも開催し、両側から橋の上を歩いていき握手しました。1km以上も長さがある橋ですので壮観でしたね。
主塔上部 遠めから見た橋の建設現場
主塔上部は、ステンレス鋼板で覆われた鉄筋コンクリート複合構造物で、めずらしい構造をしている。

改めて、ストーンカッターズ橋のプロジェクトを振り返っていかがでしょうか。
花田:サラリーマン人生の中でも、自負できるものだと思います。技術的にも難しい工事でしたので、他の会社がやってできたかはわからないでしょう。他の工事でも、技術的に困難なことにぶつかっても解決できると考えられるようになりました。自信を持って作った現場ですし、自分のベンチマークにもなるでしょう。
中島:ストーンカッターズ橋の建設は、事務方の職員としても感慨深いものがありました。大きなプロジェクトに携われたことを誇りに感じています。その後、いろんな国で仕事をしていますが、この経験を活かすことができました。ただ他の国では既存の事業所での仕事がほとんどでした。将来的には、当社が進出していない地域で新規事業所を立ち上げ、会社の利益に貢献したいという夢があります。
小久保:香港支店の支店長として、銀行や商社、製造業など、他の業界の方たちとお話をするときに、当社が行った工事として紹介するのが、ストーンカッターズ橋です。香港支店のランドマークとなっている事業だと思います。今後も歴史に残る仕事をしていきたいですね。

今後の展開について教えてください。
小久保:手持ち工事では、香港と広州を結ぶ高速鉄道の建設で、トンネル工区と非常停止用駅の二つの工区を担当しています。ひとつの工区は花田所長の担当です。これらの工事は2011年に始まり、1つは今年末、もう1つは来年末に終わる予定です。また、尖沙咀(チムサーチョイ)駅から商業ビルのK11へ地下道を作る工事も2013年から進めています。
また現在、政府関係や空港の第三滑走路の入札に取り組んでいます。3~4年後にMTRで新線を作る予定がありますので、これにも挑戦していきたいですね。価格競争も厳しくなっていますので、工事ごとに検討し選びながら、事業を進めていきたいと考えています。

小久保正博さん
前田建設工業(株)香港支店支店長 小久保正博さん
1982年に初めて香港へ。香港島の地下鉄工事、青衣大橋工事に携わる。2度目の来港は、1989~97年で、新空港への高速道路高架橋の建設を担当。1999年に3度目の来港。現在に至る。

花田紀明さん
前田建設工業(株)香港支店 廣深港高速鐵路建造合約編號823B所長 花田紀明さん
1988年入社。国内勤務を経て1992年暮れに香港へ。以来23年間、香港で工事を手掛ける。2004年にストーンカッターズ橋のプロジェクトを担当。2008年5月より同プロジェクトの所長を務める。

中島豊さん
前田建設工業(株)香港支店 管理部マネージャー 中島豊さん
1992年入社。国内現場を経て本社経理部門へ。1999年に来港。その後、タイ、アフリカ、インド等の勤務を経て、再び香港に。総務、経理、人事、事務所・宿舎の運営、役所対応などの事務方の業務を担う。

VI&ロゴ前田建設
前田建設工業株式会社 香港支店
住所:Rm.1601-1605,New East Ocean Centre,9 Science Museum Rd.,T.S.T.East
電話:(852)2369-9267
前田建設は2019年1月に創業100年を迎える。準大手ゼネコンとして、創業以来、主にダムを中心とする土木事業を多く手かげてきた。近年は、建築事業にも盛んに取り組み、土木事業と建築事業の売り上げ比率は4:6程度になっている。昨今は経営戦略の3本柱として「環境経営」「脱請負」「グローバル化」を掲げて、差別化を図る取り組みを行っている。

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