なぜ、日本人に武士道は伝わらないのか　第8回

2021/01/20

世界中で注目されている
日本人特有の性格や行動の数々。

それらの由来は武士道精神にあった。

しかし、武士道精神が何たるかが驚くほど
浸透していないのが日本の現状である。

筆者が外国生活を通して感じた
日本人の違和感を新渡戸稲造先生の「武士道」や
時事ニュースや関連文献をもとに紐解いていく。

　第8回　武士道のはじまり　

「卑怯」であり「臆病」であることは、健全で素朴な性質の人間にとっては、最大の侮辱の言葉である。少年は、このような観念をもってそれからの人生をはじめる。武士も同じことである。（講談社「武⼠道」第1章道徳体系としての武士道より）

見て見ぬふりを許された世界

　中国武漢での発⽣から1年、全世界でいまだに蔓延が⽌まらないコロナウィルスは私たちの⽣活を⼤きく変えた。住んでいる場所、貧富の差、年齢、性別に限らずにこんなにも平等に⼈々に脅威を与えたモノは私の30年そこらの⼈⽣の中で初めてである。

「⼈間は不幸になったときに初めてその⼈の本性が現れる」ということを度々耳にしてきたが、コロナウィルスによってその現実をまざまざと⾒せつけられた。

　物事がうまくいかない時に特に⼈々の間で顕著に現れやすいものが「⾃分だけが助かればいい」という⾃⼰中⼼的な考え⽅、⾏動である。

　コロナ以前の世界では、通常、不運とはある⼀定の⼈々や地域、期間に限定して降りかかるものであったため、それこそ権⼒や⾦銭、コネで以って⽣き延びた、危機を免れたというケースは多くあった（だろう）。また、他⼈に不幸があった際に当事者を「かわいそうだ」と思うことはあっても、そのことによって⾃分⾃⾝が活動を⾃粛したり⽣活を節制をする必要もなかった。言い換えれば、コロナ以前の⽣活においては、私たちは他⼈の不幸を⾒て⾒ぬふりすることを暗黙の了解でお互いに許し合っていたのだ。

垣間見えた人々の本性

　それが2020年は違った。今回の新型ウィルスは幼児や年配者、貧困層という比較的病気にかかりやすい⼈たちだけではなく、⼤統領だろうとハリウッドスターだろうと、⾒て⾒ぬふりをして軽率な⾏動を取った者には容赦なく無差別に襲い掛かった。

　その結果、垣間⾒えたのが⼈々の本性である。この未曾有の危機に対して、他⼈事とは思わず専⾨家の意⾒をよく聞いて科学的に常識的に協⼒的に解決を試みた⼈や国がどこに存在したのかは、2021年を迎えた今⽇、もうある程度私たちの⽬にも⾒えてきている。

　今になってやむを得ず緊急事態宣⾔を再発令した⽇本、変異種ウィルスが発⾒されたイギリス、ちょっともう何がしたいのかよく分からないアメリカなどを⾒ていると、かれらのような先進国がこの1年間世界平和のために真摯に問題解決に取り組んできたのかどうかは極めて疑問でならない。スポーツにおいても、プレイ中の⼀つ⼀つのミスはプレイヤー⾃⾝の責任ではあるが、チームの負けはチームリーダーの責任である。概してチームが負けるときはリーダーたちの判断ミス、消極的な姿勢がプレイヤーのプレイ中のミスを誘発してしまっているケースが多い。このことは国家にも当てはまり、これまで報道されてきた⼀部の市⺠の軽率で卑怯で臆病な⾏動は、もとを辿ればリーダーの管理責任だ。こんなにも科学や医療が発達したというのに、世界の70億⼈が束になっても⼀つのウィルスに全く⻭が立たなかったことは⼈類史に残る屈辱と⾔えよう。

臆病者だって強くなれる

　新渡戸稲造は著書武⼠道の中でイギリス⼈思想家の「国家は戦争において養い育てられ、平和において消耗させられる」という⾔葉を引⽤し、⼈間は結局のところ屈辱や失敗から学び成長してきたことを説いている。また冒頭の引用にある通り、卑怯だ臆病だという⾔葉を浴びせられるところから武⼠の道は始まるのだと加えている。⽇本⽂化研究の第⼀⼈者のドナルドキーン⽒もかつて⽇本⼈の印象についてこう語ったことがあるという。

「⽇本⼈は真⾯⽬で、正直で、礼儀も正しいが、臆病だ」

　私⾃⾝、妻によく「アンタはガッツがないわね」と⾔われるので分かるが、臆病者にとって「臆病」ほど心に刺さる言葉はない。言葉だけを見れば新渡戸稲造もドナルドキーンも日本人を臆病者扱いしているようだが、かつての武士（日本人）たちが「臆病だ」と侮辱されることで強い精神を身につけてきたことを二人の賢人は知っていたのだと思う。臆病者だって強くなれる、でも臆病であることをまず自覚しなければならない、ということを、今どれくらいの日本人が気づいているだろうか。コロナとの戦いを１日でも早く終息させるためには、1人でも多くの臆病者が武士になる必要があり、その勇敢な姿勢を日本から率先して世界に見せつけてほしいと願う。