2分で読める武士道「抽象から具体という考え方」

2023/05/03

2分で読める武士道
世界中で注目されている日本人特有の性格や行動の数々。
それらの由来は武士道精神にあった。
しかし、肝心の日本人にその武士道精神が浸透していないのが日本の現状である。

筆者が外国生活を通して感じた日本人の違和感を「武士道」や「葉隠」などの武士道関連文献をもとに紐解いていく。

 

 

 

 

 第33回 抽象から具体という考え方 

(役に立つことだけでなく)無用なことをも、やりつくしてきた者でなければ、御用に立たない。手堅く型通りのことをしているだけでは、確かな働きが出来ないものだ、と言われた。
(葉隠(上)講談社学術文庫 )

仕事でも勉強でもスポーツでも何かのスキルを上達させようとしたら抽象と具体をうまく使いこなさなければならない。抽象的な作業は物事の全体を把握するのに役に立ち、具体的な作業はその物事の全体を構成する一つ一つの要素の完成度を高めることを目標とする。では、抽象と具体、それぞれの作業をどのような順序で行うのが良いのか。

例えば、柔道の場合、初心者が大外刈を練習する際は伝統的に打込(うちこみ)の練習を最初にすることになっている。打込とは一つの技の入り方を反復練習するもので、この練習では相手を投げることはしない。手や身体の使い方、足の運び方などを何十回、何百回と打込をすることで身体に覚えさせていくのである。いわば技に対する具体的なアプローチと言える。
柔道の伝統的な練習ではこの打込を基礎として、初心者からオリンピックメダリストまで必ず毎回の練習の最初に100回程度の打込を行うことになっている。
そしてこの打込をマスターした上でようやく投込、つまり投げる練習へと移行できるのだ。
しかし、この打込、ただひたすら入り方の反復練習をするだけなので「柔道と言えば相手を投げる武道」と意気込んで入門した初心者、特に子どもたちにとっては退屈な練習であることも否めない。時にかれらにとってはこの打込が何のためにあるのかよく分からなく、コーチに言われたから、みんながやっているからという理由で何も考えずに淡々とこなしてしまう生徒も少なくない。2139958_l

打込が基礎であり、技を習得する上でとても大事な練習であることは間違いない。しかし、「先生も学生の頃は1,000本打込やってたんだぞ」などと言って、子どもたちにひたすら打込を強いるのも時代遅れのような気がしてならない。柔道を楽しむためにはやはり相手を投げないと面白くないだろう。
このような伝統的な練習から違いを見せるには抽象的なアプローチの導入が大事になってくる。つまり技の全体像を生徒たちに先に見せてあげるのだ。そのためには「投げる」練習を早い段階で取り入れることがポイントとなる。受身や道着の持ち方などを教わった上で、次に見様見真似で投げてみるのだ。
実際に投げてみることで大外刈や体落(たいおとし)はこういう技なのか、投げるって想像以上に難しいということが入り、掛け、投げの一連の動きを通してわかる。
もちろんこの段階では技の具体的な説明はしていないのでうまく投げられないことがほとんどだが、うまく投げられないことで生徒本人が「基礎を身につけなければ」と自ら進んで打込に取り組み始める。このようにして抽象(投込)から具体的なアプローチ(打込)へとスムーズに戻ることで技の完成度も高まるというものである。

従来、具体(打込)から抽象(投込)というのが一般的であったところを抽象から具体へとアプローチの順番を変えることで、打込、基礎の重要性を生徒たちによりスムーズに理解してもらえるというのが最近の私の考えである。

まず資金収集、それから人材採用、それから売上を上げて、それから株式公開する。しかし、人生はそう順番通りにいくものではない。すべて同時進行で進めていかなければならない。
(Guy Kawasaki: Entrepreneurs’ top 10 mistakes)

打込が完成してから投込に移ろうというのでは、気づきやひらめきのチャンスを失うことがある。完成していないからこそ気づけることもたくさんあり、それらの気づきの積み重ねが物事を完成へと導いてくれるのは言うまでもない。仕事も同様で、プロジェクトの全体を俯瞰しながら、それぞれのタスクを同時進行で進めていくことがプロジェクトを成功させるのにも不可欠のようだ。


profile筆者プロフィール

宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。
香港の会社、人事、芸能、恋愛事情にうるさい。

 

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