花樣方言 マックとマクドの使い分け

2016/03/29

ハンバーガーのマクドナルドの略称が時々話題になります。一昨年の鶏肉事件の時には大手各紙が1面の見出しで、関東で「マック」、関西で「マクド」と使い分けたのが注目されたので、話題性が特に高かったようです。これを記事にしたJ-CASTニュースの見出しは、『「マクドナルド」略称に意外な地域差ア
リ』。これ、「意外」だったのですね。いまだに「意外」と思われていたとは実に意外…と感じましたが。go

おでんの呼び名が香港でどう落ち着くか、長いこと観察を続けてまいりましたが、「關東煮」でほぼ決まりのようです。これは関西弁の「かんとだき(関東煮)」から来ているのですが、おそらく今でも関東のほとんどの人は、おでんが関西で「関東煮」と言われてきたことを知りません。香港のコンビニの「關東煮」を見ても、これはおでんに似た「關東煮」という別の食べ物だと思うことでしょう。あるいは、おでんは「香港では」關東煮というのだ、と。名古屋や広島も「関東煮」で、読み方は「かんとに」「かんとうに」。関東と同じく、ご飯は「炊く」、野菜は「煮る」だからなのですが、関西では、大根などの野菜も「たく」なのです。マックとマクドの違いも結局こういった類の知識と同じで、いつまでたっても一般に広く知れ渡ることがないのですね。

鶏肉事件以前には、2010年のサッカーワールドカップの時に「マック・マクド論争」が起きています。パラグアイ戦の前に本田圭佑選手が「試合で緊張したことはない。むしろ海外でマクドに入って注文するほうが緊張する」と発言したことがきっかけ。本田選手は大阪出身なので「マクド」のネイティブスピーカーですが、関西では「マクド」が普通であることを知らない人たちの書き込みによって火が付き、それに関西側が反論して、おそらくインターネットの時代になって以降最大級の「マックvs.マクド」バトルとなったのです。この時の記事に引用されていた調査会社アイシェアの2008年の統計によると、東日本で「マック」と呼んでいる人は84.4%、「マクド」は11.8%、一方、西日本では「マクド」が52.3%、「マック」は41.6%。もう時効(?)だろうからと勝手に判断させていただいてひと言わせてもらうと、この統計、意味がないです。日本語には東西による違いがあるのは確かですが全てがそうなのではなく、この「マクド」や「大根を煮(た)く」などは、「西日本」ではなくて「関西」中心の言葉だからです。関西だけの統計を取っていたら「マクド」が100%に近い数字になったろうと思います。

関西の言葉が他地域と違っている理由は、アクセントなど根幹の部分においては弥生人と縄文人の言語の違いにまでさかのぼるのでしょうが、その後もずっと一貫して文化の独自性を維持できたからです。特に江戸時代、京都大阪は参勤交代がなく江戸との交流が希薄で、明治以降も比較的標準語の干渉を受けずに済む環境にあって(江戸時代までは京都の言葉こそが日本の標準語です)、更にテレビの時代になってもバブル期の頃まで独自にメディアを活用させて、固有の情報を発信し続けてきたのです。テレビの歴史と芸能界に詳しい小林信彦さんも「大阪のテレビには知らない人が出ていた」と、これはほめて言ったことなのですが、感嘆しています。東京にこびない関西の独自性に魅せられた文豪谷崎潤一郎や小林さんのような、生粋の江戸っ子の文化人は少なくありません。日本各地にできた「○○銀座」という、東京文化にあやかった名前の商店街が出現することのなかった大阪京都。香港にはちなみに、「銀座」というショッピングモールが存在しています。

マクドナルドが中国で「麦当劳」となる理由がわからない、と悩んでいる(?)人がたまにいます。この麦当劳(麥當勞)は広東語です。広東語で読めばちゃんと「McDonald’s」に近い発音になります。中国に入った外来の食べ物で、広東語式の名前がついているものとしてよく「三明治」(サンドイッチ)が挙げられますが、この名称はとても変わっています。名前の起源とされている当の広東語では「三文治」であり、こちらは北京語式に当て字されたものを広東語で発音しているのです。「三文治」をこのまま北京語で読めば本来の「sandwich」に近い発音になったものを、そうはぜずに、広東語の発音を直接耳から受け入れて「音借用」がなされた可能性が高いです。北京語式の当て字の広東語読みに北京語式に当て字して広東語を北京語式に発音したのが北京語の「三明治」、というややこしさ。更にこの「三明治」が香港で広東語読みされることもあろうかと思われるので…、こうなるともう、赤上げて、白上げて、をやってるようなものです。

香港のマクドナルドで英語(か、へたな広東語)で注文すると、ここで食べるのか持っていくのか、という意味でひと言「Stay here?」と聞かれます。これが聞き取れない日本人がとても多くて、横で見ていると「海外のマクドで注文して緊張している日本人」の顔になっているのがわかります。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

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