花樣方言マックとマクド発音編

2016/04/12

マクドナルドの略称は「マック」か「マクド」か。論争が起きるたびに日本マクドナルドは「どちらでもいい」と答えているのですが、飽きもせず何度も蒸し返さ
ます。

「なんで関西ではマクドなんだ」などと東京人が言う時、たいがい「マ」が高くなり、「クド」が低くなります。●○○（高低低）という頭高型のアクセントです。しかし関西弁の発音では真ん中の「ク」が高く、○●○（低高低）で中高型です。関西人が東京式のマクド（●○○）を聞マクドナルドくと、それこそ「マック」以上に、たいへん奇異に感じられるので、「東京もんはマクド（○●○）言われへんのやろか」と怪訝に思いますし、逆に関東人が関西弁のマクド（○●○）を聞くと、「いかにも関西っぽいアクセントだな」と思うわけです。

東京人はマクド（○●○）と言えないのか、という関西側からの指摘は、実は半分当たっています。東京のアクセントで３拍の名詞が○●○の型を取るのは、卵（玉子）、おでん、花屋、におい、五つ、一味（いちみ）、日本（にほん）など、ほとんど全てが合成語であり、心、いとこ、きのう、など例外的なものまで含めても、数が非常に限られているのです。一方関西では、薬、畑、いちご、蚕、兜、後ろ、辛子、病（やまい）、やくざ、学部、かしわ（鶏肉）、いらち（せっかち）、いけず（意地悪）、…いくらでもあります。外来語でも、トマト、バナナ、アジア、ロシア…などが○●○になり、テレビ、ラジオ、マクド…など特に省略語は○●○になる傾向が強いのです。関西でマクドが○●○なのは極めて自然なことであり、それをよそ者が関西っぽいと感じるのもまた当然のことといえます。関西弁では、三時、インド、えーし（良家の子女）のように真ん中が「ん」や「ー」であっても○●○になることができます。「ん」と「ー」が１拍分の長さを待ちながらも決してアクセント核が来ない東京、名古屋、広島岡山などの言葉に比べて「拍」の働きがいっそう多く、ほぼ完全な姿をした拍型言語が関西弁なのです。

日本語アクセントの研究はまだ途上の段階にあるとはいえ、それでも一般の常識からすれば思いもよらないようなことが、たくさん明らかにされています。古くは平安時代末期の京都のアクセントがわかっているため、今の関西弁の３拍中高型の語群は平安期の京言葉の中高型をそのまま引き継いだものだということもわかります。蚕、兜、病、便り…など平安期から中高型であったこれらの語群は東京の言葉では頭高型へと法則的に対応していて（これがまさに「マクド」の場合と一致します）、そのうち、薬、畑、後ろ、たらい、など一部は造反を起こしてグループを離脱、平板型（○●●）へと合流していったのです。関西弁には実は頭高型もかなり多いのですが、理由は、平安時代にはそれぞれ●●○、○○○、●○○、○○●という別々の４つのグループに属していた、あずき、鏡、さざえ、命、などがすべて●○○へと統合されてしまったからです。東京では、あずきと鏡のグループは尾高型、さざえと命のグループは頭高型と、２つのグループに分かれて統合されています。サザエさんのアクセントが東京でも関西でも等しく●○○であるのにはこういった歴史的背景があり、さざえと同じアクセントグループに属する、朝日、命、姿、涙、もみじ、ほうき、なども同様に、関西でも東京でも●○○になるのです。

面白いのは３拍の動詞と形容詞で、○●○が東京に非常に多く、逆に関西弁には全く存在しないのです。関西では幕末～明治期にアクセントが大きく変貌しています。形容詞は２種類のグループが統合して、「熱い」も「厚い」も区別がなくなり、すべてが●○○になります。動詞は、五段活用の、思う、泳ぐ、走る、などが●●●に変わったため、一段活用の、投げる、落ちる、起きる、などの○○●と区別が生じて、東京の言葉にはない、活用の違いによるアクセントの分類が新たに現れたことになります。こういうことは、文法用語など皆目理解しないタコ焼屋のおやじやロレツが回らなくなった酔っぱらい客でも決して間違えることのない規則であり、「文法」とか「方言」というものが実際どういうものなのか、誤解している人には是非とも注目してもらいたい現象です。

平安時代のアクセントがなぜわかるのか、って？それは、タイムマシンで行ってきたから、…ではなくて、当時の学者が漢語の声調を知っていて、声調を模したアクセント記号を辞書に付けておいてくれたからです。この伝統の○●○型、マクドのほかにもよく笑福亭鶴瓶の「つるべ」が、東京ではつるべ（●○○）になる、と関西側から指摘されます。『鶴瓶の家族に乾杯』で小野文惠アナウンサーも●○○と言っているので、これはＮＨＫも公認しているとみていいです。ここはひとつ、アクセントには法則があって関西弁の○●○は東京弁では●○○になるのだと、ご理解いただくしかないのですが、ガッテンしていただけましたでしょうか。

大沢さとし