花様方言 山T女福星

2014/01/27

花様方言 山T女福星

 

古い映画の話が多くなって恐縮ですが…、「夢中人」という、チョウ・ユンファ主演の香港映画がありました。秦の時代に無念の死をとげた夫婦が現代に転生して再会する、という話です。主人公たちは前世の夢を見ます。画面は現代と2千年前を行き来します。現代のシーンは舞台が香港で広東語ですが、夢の中の秦のシーンでは主人公の前世たちは北京語を話しています。また、アンディー・ラウの「摩登如来神掌」では、ジョイ・ウォン扮する元朝の皇女が7百年の眠りから覚めますが、やはり北京語を話します。(ジョイ・ウォン、懐かしすぎ?…「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の人です。)

秦や元は北京語だったのでしょうか。…まさか。北京語は清ができたときに長城の北側から持ち込まれたやや特殊な方言が母体で、春秋時代の燕はおろか、元朝の首都・大都の言葉の末裔ですらありません。「夢中人」や「摩登~」の北京語は「見立て」です。北京語が秦と元の言葉の役割を演じているのです。北京語は多大な変形を被った末の漢語のなれの果てなのですが、いにしえの都の言葉、のような思い込みのなされることが間々あったのです。日本の時代劇の侍の言葉も現代語に「ござる」を付けたぐらいの見立てで、ニセの古語です。しかし日本語はこのような「役割語」がたいへん発達していて、物語のキャラクター作りに大活躍しています。役割語・キャラ語尾の元祖ともいえる長老や博士の「~じゃ」は江戸時代中期の言語事情に由来していて、江戸でも古い世代や知識人は上方言葉を使う、という構図のなごりなのです。お姫様言葉の「じゃ」、「つる姫じゃ~っ!」の「じゃ」ですが、これも当時お姫様といえば、江戸の下々の民とは違って、上方言葉を話す高貴な身分、という階級構造が表されたものです。安土桃山時代に来日したポルトガルの宣教師ロドリゲスによる4百年前の「日本語文典」にも、「東日本の言葉は荒れている。『じゃ』を『だ』と言う」と書いてあります。「じゃ」は現在の関西では「~や」に変わり、「役割」もイメージも全く変わってしまいましたが、江戸の作家が書き残した「じゃ」はその後もずっと現在まで、芝居、小説、漫画、映画など、フィクションの世界の中で脈々と受け継がれ、生き続けてきたのです。(博士は年寄り、という「鉄腕アトム」お茶の水博士以来の固定観念を打ち破ったのが「ジュラシック・パーク」で、この時期以後の「平成のウルトラマン」シリーズに出てくる博士はみんな20代の若者。ジュラシック・パークは恐竜をよみがえらせただけでなく、博士キャラの若返りにも寄与しています。)

キャラ語尾を大きく発展させたのが赤塚不二雄。イヤミの「ざんす」、ケムンパスの「やんす」、ハタ坊の「~だジョー」、ニャロメの「~ニャロメ」、バカボンのパパの「なのだ」、などなど。方言色が濃かったのが「いなかっぺ大将」で、風大左衛門の東北弁もどき「~だス」やニャンコ先生の松山弁もどき「~ぞなもし」、西一の大阪弁と、多彩。方言キャラとはいえませんが「まことちゃん」の「~なのら」は奈良県吉野。作者の楳図先生ご自身の方言です。そして「うる星やつら」のラム語。「キャラ語尾」という用語のまだなかった当時、「~っちゃ」「だっちゃ」は一世を風靡します。「~ちゃ(ちや)」は九州、山陰、北陸など全国あちこちの方言で使われますが、大概は「だ」には付かず、「っ」もありません。井上ひさしの小説の仙台弁がモデルだそうですが、「仙台べっちゃ」の愛称で知られる実際の仙台弁では、ラムちゃんのように肯定の返事「イエス」の意味で「だっちゃ」と言うことはありません。ラム語は「役割語」であり、モデルはあってもあくまで虚構の言葉なのです。これがキャラ語尾の本質。そうだっちゃ!「うる星やつら」の香港版の題は「山T女福星」。アメリカ映画「ET」の「E」の字を横に倒したのが「山T」。山Tは香港産アニメ「山T老夫子」に出てくる宇宙人。ラムちゃんは女性の宇宙人だから「山T女」。さて、キャラ語尾の翻訳ですが、これは翻訳家泣かせ。OVAのタイトルにある「ラムの未来はどうなるっちゃ!?」の訳は「阿琳的未來會是!?」。これだとケロロ軍曹の「~であります!」の「~是也!」と大差がないですね。訳せないものは仕方ないです、あきらめましょう。ちなみに「うる星~」の劇場版「ビューティフル・ドリーマー」の訳は「綺麗夢中人」。

織田信長

携帯カイロのCMで、桂文珍扮する古代人が「ちゃぷい、ちゃぷい」(寒い、寒い)と言うのがありました。あの古代語は理論上、当たらずといえども遠からず。日本語研究に「縄文、弥生」はまだ夢物語だった当時、CM製作者のT氏は本物の古代日本語復元をめざして大学の専門家を訪ねたりと、労作だったのです。言葉の創作は絶えることなく続いていきます。君もその歴史の1ページなのだぞ、ふなっしー。

大沢さとし(香港・欧州・日本を行ったり来たり)

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