花樣方言 縄文と弥生

2016/08/01

フランス人はたまに、こういう議論に花を咲かせます。自分たちはフランスを支配したローマ人の子孫なのか、それとも支配されたケルト人の側なのか。

縄文のちにブリテン島(イギリス)からブルターニュに渡ってきた、ケルト語系のブルトン語を話すブルトン人を除いて、フランスには自分をケルト人だとするアイデンティティーの持ち主は存在しません。またイタリア人に対して同族意識を持つ者などもいるわけがなく、議論は起こっても、決してローマ派とケルト派に分かれてのバトルなどは起こりようがないのです。文化やDNAの出自がどこであれ、「フランス人」というアイデンティティーは、ローマ人やケルト人やゲルマン人がフランスの地において混交して長い時間が過ぎた後、比較的新しい時代にできあがったものだといえましょう。この事情は日本ととてもよく似ています。

弥生人と縄文人は、混血が進んでいますが地域差や個人差は今もあって、どちらの特徴が濃く出ているかは結構はっきりしています。江戸時代の画家は日本人に2種類あることを知っていたようで、公家、武家、庶民の顔をそれらしく描き分けたりしています。ひと昔前に流行した表現で言うなら、いわゆる「しょうゆ顔」と「ソース顔」。しかし自分が弥生系か縄文系かということをアイデンティティーの問題として意識している日本人は存在せず(おそらく)、弥生か縄文かの違いを争点とした争いも起こりません。昨今の「マクド」vs「. マック」のバトルが「関西」vs「. それ以外」ではなく弥生vs.縄文なのだ、というのなら話は別ですが。

フランスと日本では大きな違いもあって、フランスはルイ14世の頃に無理やり言葉や文化を統一させた経緯があり、いわゆる「フランス語には方言がない」という状態。文化、特に言葉に地域差が少ないのですが、日本は違います。言葉が違うということは文化が違うということであり、言葉=文化が違
えばバトルのひとつやふたつぐらい起こって当然のこと。関西が長きに渡って保持してきた独自文化の中には、関西弁のアクセントがあります。アクセントは理由なしに滅多なことでは変わらないので、古くからの形がよく保存されているとみていいです。文献で京都のアクセントが確認できるのは平安時代末期以降ですが、これが弥生人の言葉に由来していることはほぼ間違いありません。そして弥生人が渡来系であるからには、アクセントもまた、海を越えて外部から日本に持ち込まれたものとみるべきなのです。弥生

日本語のアクセントは今も地域ごとに実に多様。しかし、めちゃくちゃでいいかげんに多様なのではなくて、実に規則正しく、秩序を持って、多様なのです。関西弁のアクセントは日本語の中で最も複雑、そしてその対極には、無アクセントというものがあります。日本各地のアクセントは、この両極の間に、あたかも虹の色のように、少しずつ異なった形でグラデーションを成して存在しています。京阪式アクセントを基に、より単純な東京式アクセントなどができたその中間の形だとして注目されたのが北陸で、垂井式アクセント、加賀式アクセント、富山式アクセントなどがあり、金田一春彦博士が特に注目したのが、アクセントの山が東京式のように1拍ずつ後ろにずれている能登のアクセントです。無アクセントは、かつてはアクセントが消滅したために生じたと考えられていたのですが、連続性のない遠隔地や山奥や離島でアクセントが自然に消滅するというのは理由の説明が困難。逆に、京都文化の伝播から取り残されたような地域に古来の縄文人のアクセントが残ったのだと考えるほうが妥当です。今でこそアニメの癒し系キャラなどに使われる無アクセント、かつては最も「なまっている」と揶揄されたのですが、どうしてどうして、最もなまっていないのが無アクセントです。弥生語の影響を全く受けず、もとの縄文語アクセントのままなのですから。

中国語も声調の数に、グラデーションを成す多様性があります。広東語や福建語など南の言葉には声調が多く、北に向かうほど少なくなっていくのです。中国語も元々は声調がなかったと推測できるので、日本にアクセントをもたらした弥生人の祖先たち(おそらく華南あたりにいた声調言語の話し手)は同様に中国語にも声調をもたらしたと考えられます。青森や鹿児島には、「遠隔地」とはいえ、京都文化の勢いが絶頂だった平安時代の頃の京言葉が伝わっています。青森と鹿児島は「わさび」のアクセントが同じで、○○●。これは室町期に京都でわさびが●○○と語頭隆起を起こす以前の、平安期の古い京都型○○●が東西双方に伝わって残ったものではないでしょうか。関東のわさびは本来、室町の京都型●○○を旧縄文人が1拍後ろにずらして受け入れたタイプの○●○だったのですが、江戸のど真ん中に頭高型の京言葉が直輸入されて●○○となった、という話は以前に書いた通り。もし、わさびの●○○vs.○●○バトルが起こったとしたら東京は、今度は弥生(関西)陣営の側にまわるのでしょうね。

大沢さとし

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