花樣方言 オールドファッション

2017/01/03

RADWIMPSRADWIMPS(ラッドウィンプス)の「RAD」は「radical」を縮めた語で、「すごい」というような意味。アメリカの辞書で引くと「old-fashioned」すなわち時代遅れのスラングであると書いてあります。『君の名は。』の主題歌で今やラッドは飛ぶ鳥を落とす勢い、紅白にも初出場で、時代遅れどころか時代の最先端を走っているロックバンドです。映画は世界各地で順次上映が始まっていて、挿入歌も特にアジア地域で大人気、「RAD」というアメリカ英語の「古語」が思わぬ形で息を吹き返したわけです。

「WIMP」(弱虫、いくじなし)も同じく、あまり使われなくなった古い俗語です。全曲を作詞作曲しているボーカルの野田洋次郎さんは5歳の頃から10歳までアメリカに住んでいて、日本に戻った後、2001年、16歳のときにラッドウィンプスを結成しています。アメリカで飽きられ、すたれてしまった「RAD」「WIMP」という語が野田さんによって日本に疎開(?)させられ、生きながらえていたのです。巨人の外野手として80年代に活躍したクロマティ選手が引退後かなり経ってから再来日してテレビに出たときに「プッツン」という言葉を使ったのには驚きました。日本ではとっくに使われなくなっていたプッツン、でも、クロマティさんの頭の中には、しっかり残っていたのですね。今、また久しぶりに思い出しましたが、懐かしいなあ、プッツン。

海外の日本人移民の社会にも日本ではすでに使われなくなった明治~昭和初期の日本語がたくさん残っていますが、このような、「古語は遠隔地に残る」という言語の普遍的な性質を理解することによって、方言の姿もまた正しく見えてきます。関東でカタツムリ、関西でデンデンムシと言う虫の名前は、デンデンムシが新しい言葉で、カタツムリは古い言葉です。現代になって日本の標準語の基軸が京都から東京へとシフトされたため、京都では古語になっていたカタツムリが再び標準語の地位へと返り咲いた、というわけ。♪でんでん虫々かたつむり~、というあの童謡は言葉の東西の違いを歌った歌のようで実は新旧の違いが歌われているのです。歌が作られた当時(発表は明治44年)、関東の人たちは「でんでん虫」に真新しい響きを覚え、逆に関西の人たちは「かたつむり」に古くささを感じたのではないでしょうか。

柳田国男が有名な『蝸牛考』で明らかにしたように、デンデンムシ、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、と、京都を中心にして東西に放射状に分布するこういった地理的なバリエーションは、京都ではそのまま現在~過去という同一空間においての時間軸に変換できます。タイムマシンがあったらぜひ関西人を150年前につれていって、その驚く顔を見てみたいですね。なにしろ幕末の頃の関西は、「~や」を使ってないのですから。では、「や」ではなく何を使っていたのかというと、「~じゃ」です。「じゃ」は大阪に今でも残っていますが、「何しとるんじゃ、ぼけ」のように必ずののしり言葉としてのみ使われます。関西に「や」が現れて以降、これの影響力は強大で、かつて「じゃ」と言っていた近畿およびその周囲の地域は急速に「や」へと変わっていったのです。現在「や」と「だ」の境界がある岐阜県の東端は、かつては「じゃ」と「だ」の境界があった場所。「だじゃの松」というのが岐阜県恵那市にありますが、「だやの松」に改名する予定は、ないのでしょうか。岐阜県の美濃弁と飛騨弁は大正時代頃から「や」。『君の名は。』にも「じゃ」を使うキャラは、出てきてないですね。

香港に入ってくる日本の流行語の多くは日本と連動して一定のはやりすたれがあって、日本で「ちょー」が流行っていたころは香港でも「超~」と「超級~」がよく使われましたが最近はめっきり使用頻度が下がっています。「萌」も同じ、もう旬は過ぎてますね。いまだに使われ続けているとんでもない長寿の流行語は「人間蒸発」。去年は「出血大減價」を旺角で見つけて、お、これもまだ生き残っていたか、と感動しました。何十年前だったでしょう、こういう張り紙が香港の店という店に貼られていたのは。日本では戦後の高度成長期のシンボルだったようなイメージがある「出血大サービス」。年がら年中「出血」(原価割れ)のサービスだなんて、何とまあ景気の良い時代だったことか。

3年前の8月、件の「人間蒸発」をテーマにコラムを書いたときのこと。原稿を書き終えた翌朝、目を覚まして新聞を見たら1面の失踪事件の記事の見出しが「人間蒸發」で、びっくり。驚きました。ところで古文を勉強した人なら当然知っていることですが源氏物語などに出てくる「おどろく」の意味は「目を覚ます」です。それが後に「びっくりする」の意味に変わったのですが、土佐弁や東北の一部など遠隔地には今もなお「おどろく=目を覚ます」の用法が残っています。「人間蒸發」の大活字を見たあの朝のわたくしは、「おどろいた」ときに驚いたのです。

大沢ぴかぴ

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