花樣語言Vol.128 かぼちゃ or なんきん

2017/11/06

アメリカで最初の英語辞書の出版は1828年、著者のノア・ウェブスターは、イギリスの辞書に載っていなかった「スカンク」や「スクワッシュ」(カボチャ)など、アメリカ独自の動植物名を大量に収録します。「パンプキン」は、本来メロンの類を指していた語から変化して、アメリカ移民によってスクワッシュの種類のうちの、皮がオレンジ色で丸い形の栽培変種を指す名称となります。ハロウィンのカボチャやシンデレラのカボチャの馬車がこれ。

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ヨーロッパにカボチャが伝わったのが16世紀。シンデレラに似た話は世界中に古くからありますが、ガラスの靴とカボチャの馬車をアレンジしたのは17世紀のフランスのシャルル・ペローです。19世紀のグリム童話のシンデレラ(灰かぶり姫)は原型により近いとされ、ガラスの靴とカボチャの馬車は出てきません。ガラス、カボチャなど4百年前のトレンドを取り入れたペロー版シンデレラの世界制覇は、20世紀のディズニーとの邂逅を待つことになります。

ヨーロッパ人のアメリカ到達から半世紀を待たずしてカボチャは九州に伝えられます。持ってきたのがポルトガル人だということは豊後(大分)のキリシタン大名の史料によってかなりはっきりしていて、ポルトガル語のカボチャ「abóbora」が語源と推定される「ぼーぼら」は今でこそ方言とされますが日本初の近代的国語辞典である明治期の『言海』には「カボチャ」と「ボウブラ」、両方が載っています。漢字表記はいずれも「南瓜」。「カボチャ」のところには「京都ではトウナスビ」とあり、「ボウブラ」のところには「大阪ではナンキン」、そして「京(東京)では誤ってカボチャという」と書いてあります。ナポリにナポリタンはなく、カステリアにカステラはなく、アンデスにアンデスメロンはありませんが、カンボジアにカボチャは、あります。ちなみにアンデスメロンは日本の栽培変種で、開発者による公式発表では、「安心です」→アンデス。

東京でも関西系のスーパーにはよく「ナンキン」と表示してありますが、「ナンキン」がまさか関東で通じないとは夢にも思ってないのでしょうね。かしわ(鶏肉)、やいと(お灸)、とと(魚)、かんとだき(関東煮=おでん)など、関東で通じない日本語はたくさんあります。先日「ねこまんま」のことを調べた際、「ねこばば」の「ばば」が「うんこ」の意味であることを関東人は知らない、ということを知らない国語学者が多いことを知りました。「ねこばば」は大概の辞書に漢字で「猫糞」(ねこばば)と載っています。大阪では地名の「馬場」を「ばんば」と読んで「ばば」が避けられるのに対して東京ではみんな平気で「たかだのばば」(高田馬場)と言っているのは、関東では「ばば」から「うんこ」が連想されることがないからです。マックvs.マクド、カボチャvs.ナンキンにならって「うんこ漢字ドリル」も関西版「ばば漢字ドリル」を作ったら関西の小学生にうけるかも。ちなみに大阪でかつて「馬場町」といったら、その角(かど)にあったNHK大阪放送局のこと。コールサインが「JOBK」なので「ジャパン・オーサカ・ばんばの・かどっこ」。現在は近くに移転しているので「ジャパン・オーサカ・ばんばの・きんじょ」。

スクワッシュはスクワッシュ、パンプキンはパンプキンとしてこだわるのがアメリカ人。イギリスでは若干の混同があり、オーストラリア英語ではスクワッシュ類がほとんど皆パンプキン。新種のバターナッツスクワッシュも「バターナッツパンプキン」です。香港のスーパーも、スクワッシュとされるべき日本の緑のカボチャが「pumpkin」。ところで、『言海』の「カボチャ」の説明は、奇怪です。「ボウブラの一種。この瓜、形長く、頸ありて、壺の形の如きもの」。一方、「ボウブラ」の説明には「…まるく平たく、…熟すれば赤黄なり…」。前者は、くびれたひょうたん形のバターナッツスクワッシュのタイプを彷彿させ、パンプキンとは違う、スクワッシュのほうを説明したいのだということがよくわかります。そして日本のカボチャは熟しても「赤黄」(オレンジ色)にはならないので、形は丸くても、『言海』が言うところの「ボウブラ」ではありません。もしやこれは、ボウブラ→パンプキン、カボチャ→スクワッシュ、という、ウェブスター辞典への強引な当てはめではないでしょうか。だから、パンプキン=ボウブラを東京でカボチャと言うのは間違いだ、と。(スクワッシュのほうをカボチャと言うのはかまわない、ということになります。)日本語の文法を英文法になぞらえて分析したことの評価に賛否両論ある『言海』編纂者大槻文彦は、日本語の語彙の意味も、このように英語になぞらえたかったのかもしれません。まさか遠い未来、21世紀にハロウィンが日本に伝来して、日本のカボチャはパンプキンではないと言われることを予知していたわけではあるまい…とは思うのですが。

余談ですが香港のスーパーの寿司&刺身売り場は、サーモンばっかり。オレンジ色と黒で彩られて、一年中ハロウィンみたいです。え、黒は何か、って?のり巻の、のりに決まってるでしょ。

大沢ぴかぴ

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