なぜ、日本人に武士道は伝わらないのか 第3回

2020/08/26

P09 school bushido_745_2世界中で注目されている日本人特有の性格や行動の数々。それらの由来は武士道精神にあった。
しかし、日本人の間では武士道精神が何たるかが驚くほど浸透していないのが日本の現状。
日本最初の国際人と言われた新渡戸稲造先生による「武士道」を読み解きながら、日本人への理解を深めていく。

 

 

 第3回 取られないと思っている日本人 

 

 武士の教育において、もっとも重んじられたのは、品性を確立することであって、思慮、知識、弁説などの知的な才能は第二義的なものであった(講談社「武士道」第10章武士の教育)

 

 先日、Yahooニュースで本田 圭佑選手が食事中に椅子の上に立つ1歳の息子に対して「ほら、立ってたらこうやって敵にご飯を取られるぞ」と言ってしつけをするという独自の教育論が紹介されていた。そして興味深かったのがこのニュースに対する閲覧者たちのコメントである。

 「取られるぞというのがアスリートらしい考え方」
 「むしろ他の人に取られることはないから落ち着いて食べようねって教育していた」
 「なぜ立ってはいけないのか、食事のマナーについてしっかりと子どもに理解させるべき」

 教育理念にはいろいろな意見があっていいと思うが、ここで分かったことは本田選手の教育理念には「子どもに危機感を植えつける」というものがある一方で、他の大多数の日本人にはそのような考え方はないということだ。

 第二次世界大戦終了後に日本の教育はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)主導で大きく改革され、アメリカ的な思想が多く取り入れられることとなった。そして、この改革を機に武士道継承者たちの名前や功績のほとんどは学校教科書から排除されてしまったという話である。ここで江戸時代に書かれた武士道に関する書「葉隠」の有名な一句を紹介しよう。

 

 「武士道と云(い)ふことは、死ぬことと見つけたり」

 

 一説によると、太平洋戦争時に結成された神風特攻隊ではこの葉隠を各隊員がいつも懐に忍ばせ任務にあたっていたという。かれらが見せつけた死をも恐れない武士道精神は、軍事力ではるかに勝るアメリカにとっても大いに脅威であった、となれば戦後の日本を支配するためにはこの武士の精神とやらは厄介だというのがアメリカの本心だったに違いない。武士道が学校教育から姿を消した(消された)背景にはこのようなアメリカの思惑が少なからず存在したのだろう。

 さて、本田選手が息子に言った「取られるぞ」という言葉が今の多くの日本人にとって違和感となっているのは、戦後のアメリカ支配下の教育が私たちに「大丈夫、取られないよ」という思考を植え付けてしまったからであろう。「取られるぞ」というのはまさに戦時中の日本人の持っていた危機感と一致するものがあり、サムライブルーのキャプテンを担う男は普段から幼児に対しても言うことがサムライである、さすがだ。

 一方で、本田選手のように考える日本人が少ないのは学校の先生たちが「大丈夫、日本は取られない」「日本は闘わなくていい、アメリカが守ってくれる」という教育を一生懸命子どもたちに施してきたからである。さらに戦後の教育改革でそれまで詰め込み型だった学習スタイルが課題解決型に変わり、「それは日本のものだ」という知識や概念を植え付けるような教え方から「果たして日本のものなのだろうか、考えてみよう」という「なぜ」「どうして」を問いかけるような考え方がより良いとされた。算数では1+1=□ではなく□+□=2のようにそのプロセスに創造性や多様性を求めるようになった。

 このように戦後の日本の学校では「100人いれば100通りの考え方があっていい」という良く言えば個人を尊重した創造性を育てるような、悪く言えば個人任せの無責任な教育方針が好まれたので、本田選手のような一つのぶっとい芯の通った考えの持ち主を育てることが難しくなってしまったのは無理もない。それでも、日本には今でも彼のような武士道精神を持った人間がいるのは、かれらはきっと周りの人間を反面教師として自らを律し成長させてきたからだろう。

 ちなみに反面教師という言葉は毛沢東が演説で使用した言葉で、「間違った指導者は排除せずに反面教師として周りの人間に見せつけることでそれらの人間を正していく」という、言う人によってはちょっと恐ろしさを感じる意味合いを持っていた。

 

 もちろん「取られないよ」という考え方は平和的でストレスのない考え方なので決して間違ったものではないし、むしろストレスフルな現代の私たちの生活には時に必要な考え方だろう。

 では、間違いじゃないのに何が問題なのかというと、日本が取り合うのはよしましょうと考えている一方で世界には「取られるぞ」という教育を今でも学校教育でガッツリ取り入れている国々があるということである。(つづく

 


profile筆者プロフィール

宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。香港歴7年。柔道歴22年。妻は香港人。

 

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