殿方 育児あそばせ!第34回

2022/03/23

殿方育児あそばせ

 

怪我したママと葉子と私 其之一

殿方よ、男には絶対に引いてはいけない時がある――
少し前の話になるが、ママが怪我をして緊急手術、入院をした経験談をここに記したいと思う。
昨年末、新居に引越して1ヶ月が経とうとしていた頃、外に出ていた私にママから着信があった。
ママがベッドからバランスを崩し転落、腹部を打ちつけ出血が止まらず、腫れも酷いという。一気に全身の血の気が引いた。この感覚は私の人生において片手の指で数えられるくらいしかない。電話越しに震える声を聞く。ベッドから落ちて出血――詳しく状況のつかめない私は最悪の事態まで想像した。私は後日の出張に備え、この区域の病院でPCR検査を受けちょうどバスで帰ろうとしてしていたところだった。ちょうど到着したバスに乗車、ほんの10数分の時間が永遠に感じた。スクリーンショット (812)
バスから降りて全力疾走で家まで帰ると、ママから状況を聞いた。ベッドから転落する際、フットボードに腹部を打つけた。直後の感覚では大したことはないと思ったが、出血が30分以上も止まらないので私に電話をしたという。2、3時間前には元気で家事をしていた彼女が、怪我をして不安そうにしている。その姿を見た私は、思わず彼女を抱きしめた。葉子も心を痛めており、彼女なりにママをなだめようとしていた。
様々な因果が絡み合いこの瞬間を作り出していた――フットボードがついていないベッドであったならば(一般的なベッドにはついていない、ヨーロッパ風に見られる特徴らしい)。フットボードに安全対策をしていれば。私がPCR検査に行かなければ(PCR検査は出張先の到着時に受けても良かった)。せめて午前中に行ってすぐに帰ってきていれば。引越す前まではこんなことは起こらなかった、引越さなければよかった――後悔しても仕方がない事ではあったが、本当に悔やまれる。人生何が起こるかわからない。
怪我の状態は――出血が収まってきて、大丈夫だとママは言うが、腹部を強打したこと、さらに妊娠出産に関わる場所に近いこともあり、私は医者に連れて行く事を決めた。5KM先に大きな病院があることを知っていたが、アプリの評価によると、この病院では整理番号のシステムに問題があり、いつになっても順番が回ってこないという。私は2KM先の小さな病院に行くことを決めた。ママのことを心配する葉子をベビーカーに乗せて家から出た。
DIDIで配車をすると5分後に付近まで到着したが道は混みあっていた。すでに夕暮れ時だった。ドライバーから、指定した場所では停まれないから反対側まで来いと連絡が入り、私はたまらず、「こっちは怪我人がいるんだぞ、早くしろ!」と電話越しに声を荒げた。ドライバーは強引に私たちの目の前に停まってくれ、病院までの混んだ道も飛ばしてくれた。
病院につくと急患の看板が目に入ったので迷わずそこへ向かった。
そこで対応したスタッフが、先ずは整理券を取ってきてくれなどと言うものだから、私はまた逆上して「何のための急患なんだ、妻は出血が止まらないんだぞ!」と全身でジェスチャーをしながら日本訛りの中国語で叫んだ。その時の私はなんともみっともない形相、態度であったと思う。周りの目、スタッフの気持ち、社会的に正しいかなどを考える余裕はなかった。状況を察したスタッフは、すぐに通すと言って手際よく案内してくれた。案の定、診断の結果、急患では処置の出来ない状況であり、婦人科の先生が急遽診てくれることとなった。
続く


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神沼昇壱(かみぬま しょういち)

随筆家。広州在住の日本人。2002年に中国に渡り留学と就職を経験。その後、中国人女性と結婚した。2021年現在一児の父として育児に奮闘中。

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