DEEPスポット「赤湾左砲台と宋少帝陵」深セン市南山区

2014/01/20

DEEP深セン Part11 赤湾左砲台と宋少帝陵

今回も、前回に引き続き赤湾の歴史深いスポット、左湾左砲台と宋少帝陵をご紹介します。

赤湾左砲台と宋少帝陵

バス停「左炮台」で下車し、目の前の坂を5分ほど登ると赤湾左砲台の入り口に到着。石造りの門をくぐり石段を登って見えてくるのは、アヘン戦争の時にイギリスと戦った英雄、林則徐の銅像。そして、その右隣にあるのが左砲台です。石造りの兵隊の部屋が残っており、その先に砲台が海を向いて設置されています。かつては右の砲台もありましたが、現在は左が残るのみです。砲台の壁とガジュマルの樹がまるで一体化したように絡みつき、この砲台が経てきた年月を感じられました。

宋少帝陵へは、バス停「南山公司」で下車し歩いて5分ほどで到着します。この宋少帝陵自体は帝の陵としては大変小さく、小南山の麓にひっそりと建てられています。実はこの宋少帝陵にはある悲劇が言い伝えられています。宋代末期、元が建国されると、宋軍は幼い帝、趙昺(しょうへい)を連れ南への敗走を強いられました。しかし、1279年広東省崖山での元軍との戦いで、宋軍は大敗します。宋軍の大将陸秀夫はもはやこれまでと覚悟を決め、帝が敵軍の手に渡り恥辱を受ける事がないよう、8歳の帝を抱き海に身を投じました。その後、地元の僧侶が高貴な衣をまとった幼少帝の遺体を発見し、赤湾に弔ったと伝えられています。この話を聞くと、日本人ならば思い浮かべるのが壇ノ浦の戦いではないでしょうか?ここ赤湾で思いがけない日本との縁を感じることができました。

赤湾左砲台
住所:深セン市南山区赤湾東村
バス停「左炮台」で下車
宋少帝陵
住所:深セン市南山区招商街道赤湾村少帝路
バス停「南山公司」で下車

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