中国法律事情「中国での契約無効 その 2」高橋孝治

2017/11/06

前回見ましたように、中国での契約が無効になる場合を見ても、国家の利益、全体の利益を大きく考慮しています。ではここで具体的にはどのような場合に契約が無効になるのかを見ていきましょう。

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ここで前回「次回詳しく説明する」とした日本の通謀虚偽表示の場合について説明しましょう。通謀虚偽表示とは、相手方と通じて嘘の契約をするということです。具体的には、本当は自分のモノを売るつもりはないのに、相手と通謀して「売ったことにする」契約をすることです。日本ではこのような契約は無効になります。

ところで中国で契約が無効になる場合の一つに「②悪意で通謀し国家、団体または第三者の利益を損なうもの」というのがありました。これは具体的には中国では以下のように説明されます。「AさんがBさんに対して30万元の借金があり、Aさんは時価100万元の財産を持っていました。ところがAさんはBさんへの借金を返したくないために事情を知るCさんにこの財産を5万元で売ってしまいました。これは無効となる」。日本の通謀虚偽表示によく似ていますが、日本では相手と通謀した契約をしただけで無効になるのに対し、中国では損害の発生までを要件に入れています(もっとも、誰かを騙す意図がなければこのような見せかけの契約を結ぶ必要がないので、日本も制度的に他者の損害を前提にはしていますが…)。さらにわざわざ「国家」という表現を使って「国家の利益が重要であること」を強調しています。日本と違い「自由に行えるはずの契約であっても国家の利益が重要」という中国の民法理論の意思がここに表れている気がします。

また「④社会公共利益に損害を与えるもの」という中国の契約無効の要件はかなり厄介で、範囲が非常に広く解釈されています。社会公共利益に損害を与える契約とは具体的にはビジネス関係で言えば、婚姻の自由を奪う契約(例えば労働契約の際に「独身であること」を要求するなど)、労働者保護に反する契約、公平競争に反する契約(例えば価格協定など)を含むとしています。ビジネス以外では代理母契約、賭博契約なども含みます。このようにかなり幅広く解釈されているので、道徳的に許されない契約は無効にされてしまう、と考えた方がいいでしょう。これらは古代中国法の「人間の情に訴えかける法律」や社会主義法の「法律と道徳の一体化」という思想の現代的表れと言えるかもしれません。

高橋孝治
〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

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